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更新日:2018年12月6日

発掘速報(平成30年11月)

市内遺跡における発掘調査(11月までに実施した調査)

八幡館跡第10~13次調査

八幡館跡は、古墳時代から室町時代の遺跡です。特に遺跡名になっている八幡館は、室町時代に宮城郡内で大きな勢力をもった八幡介(やわたのすけ)の居城と推定されています。今回の調査区は砂押川に面した北斜面にあたり、宅地造成工事(第10次調査)とその後の個人住宅建設(第11~13次調査)に伴って調査し、古墳時代の竪穴住居跡を発見しました。

作業風景(第12次調査)

 

第10次調査では、竪穴住居跡を発見しました。

竪穴住居跡(第10次調査)

 

10月から着手した第11~13次調査では、竪穴住居跡の周溝から、土器がつぶれた状態で出土しました。これら竪穴住居跡の年代は7世紀(西暦600年代)頃と考えられます。

周溝から土器が出土した様子(第11次調査)

 

現在行っている調査は11月末で終了しますが、この後報告書作成のため、これら土器の洗浄や復元作業などの整理作業を行います。来月には、その室内での様子をお伝えしたいと考えています。

新田遺跡第127次調査

本調査地は、新田地区災害公営住宅の東側住宅地に位置しています。個人住宅の新築工事に先立って11月5日から発掘調査を実施しています。

新田遺跡では縄文時代から中世まで、さまざまな時代の遺構・遺物が発見されています。

今回の調査区周辺では、過去にも調査を行っており、その際には、古墳時代中期の竪穴住居を発見しています。

重機による表土の除去作業

 

遺跡のある地層の上には、表土や盛り土があるため、初めは重機を使って除去します。遺跡のある地層の深さは、その場所によってまちまちです。ここでは、1mの深さで遺跡のある地層が現れました。

人力による遺構の検出作業

 

遺構のある地層が出てくると、そこからは人力の作業になります。少しずつ表面を削り、土の色の違いから遺構を探します。

発見した遺構

 

さまざまな遺構が現れました。写真を撮るために、遺構の輪郭に刻みを入れ、分かりやすくしたところです。ここから、実際に掘り下げる作業が始まります。

出土した土師器の器

 

遺構の表面には、すでにたくさんの古墳時代の土器や、火を使った痕跡が見えています。

次回の発掘速報で、発見した遺構の詳細について報告する予定です。

市川橋遺跡第96次調査

4月から継続している市川橋遺跡(伏石地区)の調査速報です。

今回ご紹介するのは、11月に新たに掘削した東端部の調査区です。

赤で囲んだ範囲が、今回新たに調査区を設定した場所です。右端に見えるのが三陸自動車道です。

まだ、着手したばかりで調査区全体の様子は明らかではありませんが、一部井戸を掘り下げているので紹介します。

 

井戸の調査風景です。

10月の速報では木枠で囲った井戸を紹介しましたが、今回の調査区では素掘りの井戸を発見しました。

 

井戸の直径は約2mです。1.3mほど掘り下げましたが、まだまだ底が見えていません。

今回の調査区では、井戸のほかにも道路や建物、竪穴住居の輪郭も見えていることから、次回の速報ではこれら遺構をご紹介できると思います。

多賀城地区ほ場整備事業に係る発掘調査

4月から継続しているほ場整備事業に伴う発掘調査の速報です。

現在、山王四区の農道沿いを調査しており、その調査区において縦3.2m以上、横2.4m以上の大きな土壙(どこう)を発見しました。

この土壙は、10世紀初め頃に掘り込まれたものと考えられます。部分的に掘り下げを行ったところ、底面付近から150点を超える土器が集中して出土しました。土器の種類は土師器(はじき)と須恵系土器(すえけいどき)と呼ばれるもので、いずれも素焼きの土器です。

注目すべき点は、出土した土器の9割以上が、内面が上向きの状態で発見されていることです。これらの土器がどのような過程を経てここに残されていたのか、今後検討が必要です

お問い合わせ

埋蔵文化財調査センター  

宮城県多賀城市中央二丁目27番1号

電話番号:022-368-0134

ファクス:022-352-6548

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