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更新日:2015年12月8日

公園紹介・史跡紹介

公園紹介

多賀城市内にある公園を紹介します。晴れた日には、外で思いっきり体を動かしたいですね!

市役所前公園(しやくしょまえこうえん)

市役所の西側にある公園です。

「ぞうさんすべり台」として親しまれているピンク色のすべり台があります。

ブランコや小さいすべり台もあり、お子さんに人気です。お山や東屋もあります。

市役所前公園

多賀城公園(たがじょうこうえん)

グラウンドまで自然いっぱいの坂道を登ります。

バラ園や藤棚があるので花の咲く時期のお散歩はオススメです。

 

多賀城公園

砂押川沿いの堤防(すなおしがわぞいのていぼう)

遊歩道があります。春には桜がきれいです。冬には白鳥がやってきます。

砂押川沿いの堤防

桜木公園(さくらぎこうえん)

すべり台、シーソー、ブランコがあります。

桜木公園

志引公園(しびきこうえん)

ひと休みできるベンチ、きれいな藤棚があります。梅雨の時期には、あじさいもきれいです。

志引公園

浮島5号公園(うきしまごごうこうえん)

公園の近くを電車が通ります。走る電車を見ることができます。

動物の遊具がたくさんあります。

浮島5号公園

鴻の池公園(こうのいけこうえん)

変わった形のシーソーが目印!

屋根のある休憩場所があります。

鴻の池公園

加瀬沼公園(かせぬまこうえん)

広い芝生公園の真ん中に大きな遊具があります。

すべって、のぼって、走り回って!子どもも大人も思い切り遊べます。

冬は白鳥もやってくるので、一年中家族連れでにぎわっています。

加瀬沼公園

新田新後公園(にいだしんうしろこうえん)

手あそびが書いてあるイスがあります。

ブランコ、シーソー、鉄ぼう、すべり台、広場もあります。

新田新後公園

新田4号公園(にいだよんごうこうえん)

ジャングルジムとサボテン型のブランコが目印!

新田4号公園

小深町公園(こぶかまちこうえん)

高橋生活センターのお隣にあります。ひと休みできるベンチがあります。

小深町公園

奈賀済公園(なかざいこうえん)

木のぬくもりが感じられる大きなアスレチックが公園のシンボル。

公園のとなりには神社があります。

奈賀済公園

浜居場公園(はまいばこうえん)

小高い丘に登れば公園が一望できます。

浜居場公園

大代公園(おおしろこうえん)

大きなアスレチックと走り回れる広場があります。

大代公園

 

石ヶ森一号公園(いしがもりいちごうこうえん)

ブランコ、すべり台、シーソー、砂場。

ひと休みできるベンチと走り回れる広場があります。

石ヶ森一号公園

 

 

史跡紹介

多賀城は歴史のまち。史跡がたくさんあります。ちょっと足をのばしてみよう。

多賀城廃寺跡(たがじょうはいじあと)

多賀城市跡の南東約1kmの高崎地区にあります。

「廃寺」という言葉は、廃れてしまって本来の名称がわからなくなった寺院を指すものであり、「廃寺」の前に「多賀城」を付けるのは、この寺院が多賀城と密接に関わっていたと考えられているからです。

  • 春は桜が咲き、お花見に最適です。秋は落ち葉遊び。どんぐりもあるよ。冬は雪合戦。
  • 広い原っぱでのびのび遊べるよ。
  • 駐車場あります。
  • 東北歴史博物館への近道があるよ。

 

多賀城政庁跡(たがじょうせいちょうあと)

市川(いちかわ)・浮島(うきしま)地区の丘陵上にあります。

多賀城には、8世紀前半から10世紀にかけて陸奥国(むつのくに)の国府が置かれ、奈良時代には鎮守府(ちんじゅふ)も併置されるなど東北地方の中枢的な役割を果たしていました。国府には、国守(くにのかみ)と呼ばれる長官をはじめ中央から多くの役人が派遣されていました。

また、陸奥・出羽両国を監督する按察使(あぜち)と呼ばれる上級職も置かれていました。

多賀城碑(たがじょうひ)「壺の碑(つぼのいしぶみ)」

多賀城碑は、多賀城南門近くにある小さな堂の中に立っています。

この碑は「壺の碑」とも呼ばれ、江戸時代初めの発見当初から歌枕「壺碑」と結びついて広く世に知られていました。松尾芭蕉も旅の途中にこの碑を訪れ、深い感動をもって対面した様子が「おくの細道」に記されています。

多賀城碑は、群馬県の多胡碑(たごひ)、栃木県の那須国造碑(なすのくにのみやつこのひ)とともに日本三古碑のひとつに数えられており、平成10年6月30日に国の重要文化財(古文書)に指定されました。

  • 春には桜、5月下旬から7月上旬には市の花「あやめ」が見頃です。
  • 東北本線の国府多賀城駅近く
  • 東北歴史博物館も近いですよ

柏木遺跡(かしわぎいせき)

多賀城跡の南東約4kmに位置する大代地区の丘陵上にあります。

この遺跡からは、製錬炉4基、木炭窯6基、鍛冶工房跡3棟などが発見されました。これらの鉄生産に関する遺構は8世紀前半のものであり、多賀城直営の製鉄所であったと考えられます。

末の松山(すえのまつやま)

松尾芭蕉も立ち寄った見事な松です。恋愛模様を象徴とする歌枕としてたくさんの歌に詠みこまれています。

2本の松が寄り添うようにたたずむ姿が恋人同士に見えたのでしょうか。

 

 

お問い合わせ

保健福祉部保育課保育企画係

〒985-8531 宮城県多賀城市中央2丁目1-1

電話番号:022-368-1141(内線:181・182)

ファクス:022-368-1747

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