友好都市 奈良県奈良市

最終更新日 平成24年10月19日

目次

友好都市締結の背景

奈良時代、時の朝廷は多賀城に、朝廷の出先機関として陸奥国府多賀城を設置しました。

多賀城は当時の律令国家にとって、行政拠点であるとともに軍事拠点でもあり、東北地方を治めるための要でした。陸奥国府並びに陸奥・出羽両国を管轄する役割に加え、蝦夷(えみし)と呼ばれる人々を中央政府の支配下に組み込む重要な役目を果たしていたと考えられています。

都である奈良平城京を中心に、西には大宰府が置かれ、東には多賀城。この3都市があって古代国家が形づくられていたと言っても過言ではなく、ともに国を守るために緊密に結ばれていました。

このように歴史的に縁が深い3都市の関係で、多賀城市は太宰府市と、平成17年(2005年)に友好都市を締結しました。

一方、太宰府市では、太宰府市制20周年に当たる平成14年(2002年)に奈良市と友好都市を締結しています。

この3都市の結びつきをより強くするため、奈良市において「平城遷都1300年」を迎える平成22年(2010年)の機会を捉えて、多賀城市は奈良市と友好都市を結ぶことにしました。

奈良市の特色

奈良公園春日野園地奈良県の最北部に位置している奈良市は、人口 368,547人。面積 276.84平方キロメートル。(平成22年2月1日現在)

市の西部は奈良盆地、市の東部には茶の名産地である大和高原が広がっています。

市の木はイチイガシ。市の花はナラノヤエザクラ、そして市の鳥はウグイスです。

奈良市は710年に平城京が築かれた地です。平城京は、唐の都である長安にならった計画都市として、平城宮から南に走る朱雀大路を中心に壮麗な宮殿や寺院、貴族の邸宅によって、美しく彩られ、天平文化の花を咲かせました。784年に長岡京へ都が移されたあとも、、社寺の町として発展しました。明治31年(1898年)には市制が施行され、奈良県政の中心地として、また日本を代表する観光都市として発展しています。

1998年12月には、「古都奈良の文化財」という名称で、東大寺、興福寺、春日大社、元興時、薬師寺、唐招提寺、平城宮跡、春日山原始林が文化遺産として世界遺産リストに登録されました。

奈良市の主なイベントでは、1月に開催される「若草山焼き」、2月〜3月の「東大寺二月堂修二会(とうだいじにがつどうしゅにえ)」、8月の「なら燈花会(とうかえ)」、10月の「題目立(だいもくだて)」、12月の「春日若宮おん祭」などがあります。

2010年は、平城京への遷都1300年を記念する年として、平城遷都1300年祭が開催されました。

詳しくは奈良市のホームページをご覧ください。

友好都市盟約宣言及び協定書調印式

友好都市盟約宣言調印式の様子平成22年2月6日、なら100年会館で両市長ほか総勢約350名が出席し開催されました。式では、太宰府市長、大分県宇佐市長立ち会いのもと、両市長が友好都市盟約宣言及び友好都市提携に関する協定書に調印しし、両市民の相互交流や文化芸術、産業、観光、教育などさまざまな分野での交流を行っていくことを確認しました。

友好都市の絆

平成22年2月6日に友好都市を締結した奈良市。昨年は締結を記念し、お互いの小中学校の給食に同じメニューがふるまわれるなどの交流がありました。

発災直後に電話で本市の状況を伝えると、2日後の3月13日早朝には、災害用毛布やクラッカー、粉ミルクなどの緊急用品を、18日には乳幼児・大人用の紙おむつ、簡易トイレなどの衛生用品を中心に大型トラックで届けていただきました。

この他、リフト付き平積みダンプ4台が寄贈され、再生資源回収ボックス650個を積み込んだ2トンダンプカー2台とパッカー車1台が貸与されました。市民の皆さんや企業の方からもたくさんの義援金や奈良市議会からの寄付金をいただきました。

職員も派遣していただき、4月下旬から8月上旬までの3ヶ月、避難所で避難している方々に明るく接していただくなど、運営の大きな力となりました。多大な被害を受けた下水道の被害額や復旧費用を算定する災害復旧査定設計事務には2ヶ月半従事。避難所や仮設住宅で過ごす方の健康状態調査には、保健師さんも派遣していただき、延べ155人が本市で支援活動にあたりました。

また、4月27日、奈良市の仲川げん市長、山本清市議会議長が激励に訪れ、東大寺の別当である北河原公敬大僧正から託された「辛苦同心 復興同志」(辛くて苦しいことを私たちも同じく心で感じています。志を同じく、復興していきましょう)と揮毫した色紙をいただきました。

北河原公敬大僧正の「被災された多賀城市民の皆さんを勇気づけられたら」との思いが込められています。

心温まるご支援に深く感謝いたします。

支援の様子

3月13日緊急用の支援物資到着

3月13日緊急用の支援物資到着

4月27日仲川市長、山本議長訪問

4月27日仲川市長、山本議長訪問

8月12日仮設住宅を訪問し健康調査をする保健師さん

8月12日仮設住宅を訪問し健康調査をする保健師さん

友好都市との交流事業

奈良・姉妹都市ウィークが開催されました

「壺の碑」のレプリカの展示の様子

5月22日(土曜日)に、なら100年会館で実施された、奈良市姉妹都市ウィーク に、友好都市使節として約40人が参加出演しました。中ホールで開催された、友好姉妹都市伝統芸能公演では、史都多賀城万葉まつり 実行委員会10人による「万葉ステージ」と、多賀城鹿踊保存会10人が「鹿踊り」を披露しました。

また、中ホールエントランスでは、友好姉妹都市のポスター、チラシ展が開催され、「多賀城跡あやめまつり」と、「発掘された日本列島2010」展のポスター及びチラシを出展し、ラウンジには「壺の碑」のレプリカを開催期間中展示しました。イベント終了後は、6月末まで、会館入り口脇の展示用ケースに入れて展示していただき、奈良市民の皆様に、友好都市多賀城をPRします。

 

宮城・黒川郡の地場産品の販売の様子

会館正面の時の広場では、5月22日(土曜日)と23日(日曜日)の両日、多賀城の他、宮城・黒川郡の地場産品を奈良市民に紹介すると共に、展示販売を行ってきました。これは、多賀城市観光協会、及び宮城黒川地域地場産業振興協議会の協力を得て行ったものです。23日は、あいにくの天気であったため、場所をエントランスホールに移して行いました。

奈良では、平城遷都1300年祭が今年12月末まで開催されますが、奈良市観光交流課の皆様には、忙しい中、親切に観光物産の展示・販売に、御協力いただき、ありがとうございました。

友好都市記念給食献立

「やかもち鍋」を奈良市の市立小中学校給食で振る舞う

平成22年2月に奈良市との友好都市締結を記念して、多賀城市内の小中学校で「奈良のっぺ」や「にゅうめん」といった奈良市で出されている献立と同じメニューの給食を提供しましたが、今度は平成22年11月18日と19日に、多賀城市ゆかりの「やかもち鍋」が奈良市の市立小中学校53校で振る舞われ、大変好評だった様子が、地元の新聞でも取り上げられました。

友好都市記念献立  やかもち鍋を食べる小学生 

やかもち鍋を食べた子どもたちの感想

奈良の給食献立を市内の小中学校に提供

奈良市との友好都市締結を記念して、平成22年2月8日〜10日の3日間、市内の各小中学校に、奈良市の給食献立と同じメニューが提供されました。

献立
奈良のっぺ
その年にとれた野菜などの旨味を味わう郷土料理。里芋や大根、人参、米などの作物や自然の恵みに感謝して、奈良春日大社「春日若宮おん祭」という祭りのときに食べる習慣があります。
にゅうめん
そうめんは、夏の季節に冷たくして食べるのが普通ですが、奈良市などがある奈良県の大和地方では、涼しくなってくるとそうめんを温かく煮て食べます。今回、子どもたちが食べたにゅうめんは、奈良の子どもたちが食べたものと同じ、有名な「三輪素麺(みわそうめん)」を直接取り寄ました。

友好都市記念献立  友好都市記念献立を食べる小学生

東大寺の復興支援に感謝いたします

本市の友好都市である奈良市のご縁で、平成24年10月9日(火曜日)、東大寺の北河原別当、狹川執事長などが本市を表敬訪問し、寄附金50万円や本市が支援を呼びかけていた震災ごみを一時保管するために使用する1トン用コンテナバック100個を寄贈していただきました。

北河原別当を始めとする東大寺御一行の訪問は、昨年8月3日以来、2回目となります。

また、昨年の東大寺の訪問が縁となり、東大寺及び奈良市並びに奈良市にある奈良豊澤酒造(株)、八木酒造(株)、(株)今西清兵衛商店の3社により多賀城産ひとめぼれを使った日本酒「遠の朝廷」が作られました。

その売り上げの一部661,173円が義援金として贈られることになり、その目録も北河原別当から手渡されました。

目録贈呈

その後、多賀城政庁跡にて、本市市民のため、慰霊と復興祈願の法要を行っていただきました。

法要の様子

法要後は、集まった市民約30人との語らいの場が設けられ、東日本大震災で被災した方へのお見舞いの言葉や、復興へ向けた支援などについて話されました。

問い合わせ先

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