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更新日:2015年6月11日

平成25年度の発掘調査情報

平成25年度に市内で実施した発掘調査は、東日本大震災からの復興と生活再建を目的とした個人住宅や共同住宅の建築、また宅地造成工事などに伴う調査など、その件数は28件にのぼりました。これらをみると、広い面積を調査した件数が例年より多かったことが特筆されます。

ここでは、発見遺構の性格や全体像がつかめるもの、あるいは特徴的な遺物が出土したなどの理由から10件の調査を取り上げて、ご紹介します。

新田遺跡の調査(第95・97次調査)

新田遺跡の調査

  • 調査場所賀城市新田字西後地内
  • 調査期間95次:6月25日から8月10日97次:11月1日から1月24日
  • 調査面積95次:374平方メートル97次:308平方メートル

調査成果

  • 初めに遺構の有無を確認する確認調査(第95次調査)を行い、遺構が発見されたことから、引き続き本発掘調査(第97次調査)を実施しました。
  • 調査の結果、古代(奈良・平安時代)の竪穴住居跡、掘立柱建物跡、井戸跡のほか、畑の畝(うね)の痕跡と考えられる小溝群を発見しました。これによって、人々の営みの範囲が、七北川沿いにまで広がっていたことがわかりました。
  • 土地の区画や用水・排水に利用されたと考えられる、中世(おもに鎌倉・室町時代)の規模の大きな溝跡を発見しました。

山王遺跡の調査

西町浦地区の調査(第129次調査)

西町浦地区の調査

  • 調査場所賀城市山王字西町浦地内
  • 調査期間5月8日から6月15日
  • 調査面積67平方メートル

調査成果

  • 山王遺跡で行った各調査のうち、一番西側に位置する西町浦地区で行った調査です。その結果、古墳時代から中世にかけての遺構を発見しました。
  • 中世の遺構は、規模の大きな溝跡4条を発見しました(写真)。これらは、周辺で発見されている武士の屋敷跡を区画する溝跡と同様のものと考えられます。
  • 中世の遺構の下層からは、古墳時代前期(西暦300年代頃)の水田跡を発見しました。ここで検出された畦畔(あぜ)は、幅が約2メートルと広いもので、良好な状況で残っていました。

中山王地区の調査(第127・128次調査)

中山王地区の調査中山王地区の調査

  • 調査場所賀城市山王字中山王地内
  • 調査期間127次:5月9日から5月25日128次:5月10日から6月28日
  • 調査面積127次:36平方メートル128次:38平方メートル

調査成果

  • 山王遺跡の中央部に位置する中山王地区において、近接する2箇所(写真左:第127次、写真右:第128次)で調査を実施し、古墳時代から江戸時代までの遺構を発見しました。
  • 古墳時代の水田跡、古代の竪穴住居跡や溝跡、さらに中世と江戸時代の掘立柱建物跡、井戸跡、溝跡などを発見し、このあたりが長期にわたり人々の生活の場となっていたことがわかりました。

山王三区の調査(第135・136次調査)

山王三区の調査山王三区の調査

  • 調査場所賀城市山王字山王三区地内
  • 調査期間135次:10月1日から12月4日136次:10月1日から12月4日
  • 調査面積135次:37平方メートル136次:60平方メートル

調査成果

  • 中山王地区の北東部に位置する山王三区において、隣接する2箇所(写真左:第135次、写真右:第136次)で調査を実施しました。
  • 両調査区で、古代の掘立柱建物跡や溝跡などを多数発見し、ここが碁盤の目のように区画されたまち並みの一角であったことがわかりました。

山王四区の調査(第137・139次調査)

山王四区の調査

  • 調査場所賀城市山王字山王四区地内
  • 調査期間137次:11月6日から12月13日139次:12月17日から1月31日
  • 調査面積137次:500平方メートル139次:300平方メートル

調査成果

  • 山王遺跡の南西部に位置する山王四区において、調査を実施しました。初めに遺構の有無を確認する確認調査(第137次調査)を行い、遺構が発見されたことから、引き続き本発掘調査(第139次調査)を実施しました。
  • 調査の結果、古墳時代前期の水田跡を広い範囲で検出しました(写真)。水田に伴う畦畔(あぜ)を12条検出し、これによって区画される水田11区画を確認しました。
  • 畑の畝(うね)の痕跡と考えられる古代の小溝群も発見され、このあたりが長い間、生産の場であったことがわかりました。

西沢遺跡の調査(第24・25次調査)

西沢遺跡の調査

  • 調査場所賀城市浮島字高原地内
  • 調査期間24次:8月21日から10月2日25次:10月2日から12月19日
  • 調査面積24次:347平方メートル25次:435平方メートル

調査成果

  • 初めに遺構の有無を確認する確認調査(第24次調査)を行い、おもに南側で遺構が発見されたことから、ここを中心に本発掘調査(第25次調査)を実施しました。
  • 調査の結果、古代の竪穴住居跡、溝跡などを発見しました。竪穴住居跡は、2棟が重複して検出され、同じ位置で建て替えられたと考えられます(写真)。いずれも、屋根を支える柱穴がはっきりと確認できました。また、カマドの下に敷かれた多くの瓦を検出しました。これらは、カマドの構築材として再利用されたと考えられます。

桜井館跡の調査(第3次調査)

桜井館跡の調査桜井館跡の調査

  • 調査場所賀城市中央1丁目地内
  • 調査期間5月9日から10月31日
  • 調査面積1628平方メートル

調査成果

  • 多賀城市役所西側の小高い丘陵上に立地します(写真左)。調査の結果、中世の館跡に伴う土塁(どるい)と空堀(からぼり)各1条、平場(ひらば)2箇所を発見しました。このうち、平場は館の中心に設けられた平坦な広場です。また、土塁と空堀はセットで用いられることの多い防御施設です。調査においては、平場の西側(写真右)と北側の縁辺に造られたものを詳しく調べました。
  • このほか、古墳時代後期(西暦600年代頃)の竪穴住居跡2棟を発見し、この場所が、館跡以前にも利用されていたことがわかりました。

八幡館跡の調査(第7次調査)

八幡館跡の調査八幡館跡の調査

  • 調査場所賀城市八幡2丁目地内
  • 調査期間4月10日から6月13日
  • 調査面積175平方メートル

調査成果

  • 調査区は、中世の八幡館跡が立地する丘陵の裾に位置し、館跡の南西隅にあたります(写真左)。調査の結果、館の中心部に向かう南北方向の通路と、それを埋めて造られた東西方向の土橋(どばし)と呼ばれる通路施設を発見しました。この土橋は、両側に自然石による石積み(写真右)がされて堅固なつくりになっており、県内でも非常に珍しい発見例です。
  • このほか、古墳時代後期頃の横穴墓(よこあなぼ)1基を発見しました。市内中央部では初めての発見になります。残念ながら、副葬品(ふくそうひん)はみつかりませんでした。

お問い合わせ

埋蔵文化財調査センター  

宮城県多賀城市中央二丁目27番1号

電話番号:022-368-0134

ファクス:022-352-6548

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