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更新日:2018年3月15日

平成22年3月2日(火曜日)本会議

平成22年第1回多賀城市議会定例会会議録(第4号)

平成22年3月2日(火曜日)

◎出席議員(20名)

議長 石橋 源一

1番 栁原 清 議員

2番 佐藤 惠子 議員

3番 深谷 晃祐 議員

4番 伏谷 修一 議員

5番 米澤 まき子 議員

6番 金野 次男 議員

7番 森 長一郎 議員

8番 雨森 修一 議員

9番 板橋 惠一 議員

10番 藤原 益栄 議員

12番 中村 善吉 議員

13番 吉田 瑞生 議員

14番 相澤 耀司 議員

16番 根本 朝栄 議員

17番 尾口 好昭 議員

18番 昌浦 泰已 議員

19番 阿部 五一 議員

20番 小嶋 廣司 議員

21番 竹谷 英昭 議員

◎欠席議員(1名)

15番 松村 敬子 議員

◎説明のため出席した者の職氏名

市長 菊地 健次郎

副市長 鈴木 明広

監査委員 菅野 昌治

市長公室長 伊藤 敏明

総務部長 澁谷 大司

市民経済部長 坂内 敏夫

保健福祉部長 内海 啓二

建設部長(兼)下水道部長 佐藤 正雄

総務部理事(兼)総務部次長(兼)総務課長 佐藤 敏夫

市民経済部次長(兼)生活環境課長(兼)収納課長 永澤 雄一

保健福祉部次長(兼)社会福祉課長 伊藤 博

建設部次長(兼)都市計画課長(兼)多賀城駅周辺整備課長 鈴木 裕

市長公室副理事(兼)市長公室長補佐(行政経営担当) 菅野 昌彦

教育委員会教育長 菊地 昭吾

教育委員会事務局副教育長(兼)教育総務課長 鈴木 健太郎

水道事業管理者 板橋 正晃

上水道部次長(兼)工務課長 長田 幹

市長公室長補佐(財政経営担当) 小野 史典

◎事務局出席職員職氏名

事務局長 松戸 信博

参事(兼)局長補佐 松岡 秀樹

主幹 櫻井 道子


午前10時00分 開議

○議長(石橋源一)

皆さん、おはようございます。

弥生3月とは言え、まだ寒さが続いております。本日、けさは雪の朝を迎えた本会議4日目でございます。どうぞ慎重なる御審議を賜りますようお願いを申し上げまして、あいさつといたします。

これより本日の会議を開きます。

初めに、一昨日の「チリ中部沿岸地震に伴う津波」に係る警戒状況について、市長から発言を求められておりますので、これを許します。市長。

○市長(菊地健次郎)

一般質問に先立ちまして、日本時間2月27日、15時34分に発生した「チリ中部沿岸地震に伴う津波」に係る本市の警戒状況について御報告申し上げます。

本市におきましては、2月28日午前に気象庁の大津波警報発表により災害対策本部を設置し、本市においては初めての避難指示を鶴ヶ谷、桜木及び大代地区に発令いたしました。

市では、非常配備職員により避難所を開設し、住民の安全確保に努めるとともに、消防、警察、自衛隊などの各機関や地域自主防災組織等の協力を得て警戒に当たりました。議員の皆様にも御心配いただいたところでございますが、おかげさまをもちまして市内においては被害や事故は報告されておりません。

なお、詳細につきましては、総務部長より報告させますので、よろしくお願いいたします。

○議長(石橋源一)

総務部長。

○総務部長(澁谷大司)

それでは、お手元の資料に基づきまして、「チリ中部沿岸地震に伴う津波」に係る警戒状況について、簡単に概要を説明させていただきたいと思います。

発生日時、震源地、規模等につきましては、ここに記載のとおりでございます。

4番目の被害状況ですけれども、人的被害、建物等については特にありませんでした。

それで、警戒状況等についてですけれども、気象庁発表によりますと津波が1メートルから3メートルぐらいということで、予定時刻が28日の午後1時30分ごろということから、警戒体制をとったということでございます。

出動人員につきましては 481人ということで、市の職員、消防団、交通安全指導隊、塩釜警察署、多賀城消防署、自衛隊、それに災害防止協議会ということで協力をいただきました。特に災害防止協議会につきましては、ここに1人ということで記載していますけれども、会員の方々にあっては各会社、事業所において待機をしていただいたということでございます。

それでは、活動状況について簡単に報告をさせていただきたいと思います。

まず、27日の日の夕方、18時15分に交通防災課職員が出まして、情報収集を行いまして、27日の18時15分に交通防災課職員が情報の収集のために出勤をしまして、それで翌日の28日の9時33分に大津波警報が発令されたことに伴いまして、10時13分に副市長を本部長とする災害警戒本部を設置しまして、現地班の非常招集を行いました。

その後、市長を本部長として10時50分に、多賀城市災害対策本部に移行しております。それで、被害が拡大しては大変だということで、鶴ヶ谷地区、桜木全区、大代全区に避難勧告を行いまして、近くの避難場所に避難するよう拡声装置や市の広報車で広報を行いました。これに伴いまして避難していただいた方につきましては、ピーク時で約 600名ぐらいになっております。それで、気象台の発表と現況の報告等によりまして被害が拡大するおそれがあるのではないかということで、先ほど市長も話をしましたけれども、13時に被害の危険度が切迫した状況と判断ということで避難指示ということに移行させていただきました。それで、いろいろ対応をさせていただきました。

その後、19時01分に気象庁の方から、大津波警報から津波警報に切りかえられたことに伴いまして、20時00分に避難指示の解除を行いまして、あわせて災害警戒本部に移行しております。

なお、この警戒本部に移行し、避難者数は8時半過ぎになりますと大体皆さんいろいろテレビ等の情報によりまして、自宅に皆戻ったというような状況になっております。

それらも含めまして、21時00分に多賀城市災害警戒本部を交通防災課職員のみの継続でやりまして、その他の職員もしくは関係機関につきましては、自宅待機とさせていただきました。

翌3月1日、1時07分に津波警報から津波注意報に切りかえられまして、交通防災課職員も1時15分に自宅待機という形に切りかえてございます。

それで、朝の8時30分に災害警戒本部の会議を開きまして、まだ注意報が発令中であるということから、職員にあっては通常勤務体制をとりながら、何かあったときにすぐ出られるというような状況にしておりまして、10時15分に津波注意報が解除されたことに伴いまして、10時30分に多賀城市の災害警戒本部を解散しております。

次のページの裏の方をごらんいただきたいと思います。

避難指示による避難者数でございますけれども、ここに記載されておりますのは、おのおのの避難所でのピーク時での収容人数を記載しております。

まず、大規模災害指定収容避難所ということで、今回は7カ所を開設させていただきました。多賀城東小学校、東豊中学校、天真小学校、多賀城小学校、多賀城中学校、高崎中学校、それに八幡中学校 ── 中学校となっていました。大変申しわけありません。小学校の間違いでございます。合計7カ所で 512人ほど避難しております。

それから、一時避難場所としまして、八幡公民館、大代北区集会所、大代南区集会所の3カ所、合計で76人。

それに、一時避難場所支援協力協定事業所ということで、9カ所にこういうことで津波が来ているので、避難場所としてあけていただけますでしょうかということで連絡をしまして、その9カ所をあけていただきました。それで、そのうちの3カ所に住民の方々が避難したということで、ソニーの体育館、キャッスルプラザ多賀城、小野屋ホテルということで、合計で76人の方々が避難されたということで、合計で 664人が今回避難されました。それで、避難場所につきましては、やはり夕方と寒いという部分もありまして、毛布や乾パンとかおにぎり、飲み物などを配布させていただきました。

それから、7番の津波の状況ですけれども、これは県からの報告によりまして、仙台港の津波の水位の高さでございます。第1波は、識別が不能で、第2波以降の部分でこのような結果となっておりました。

それで、今回は、避難指示ということを私自身も初めての経験ではあったんでございますけれども、避難所の開設に当たっては各学校の先生方とか地区の役員の方々、それに一時避難場所の開設に当たりましては、協定の締結の事業所の方々にですね、積極的に受け入れていただきまして、9カ所のうち3カ所を避難場所とさせていただいたと、特にソニーとか、キャッスルプラザ多賀城、小野屋ホテルには、大変お世話になりました。

それと学校を避難場所として開設するに当たってですね、先生方が自主的に出勤していただいて、いろいろと暖房設備なども体育館などに出していただいたということで、いろいろな部分で学校の先生方にも協力をいただきました。

なお、あわせて災害防止協議会の方々にあってもですね、役所の方に来ていただいたのは1人ですけれども、全員各事業所で待機していますからということまでおっしゃっていただきまして、今回は本当にいろいろな方にお世話になったなと思っております。

あわせて、食料につきましても生協さんとかジャスコさん、これも食料の提供の関係でですね、協定を結ばせていただいたところですけれども、これも迅速に対応していただきまして、それで避難所の方々にも提供できたということにつきましては、大変感謝しております。

今回の津波体験を振り返りましてですね、いろいろな部分の反省点はございましたものですから、それを次回にぜひ生かしていきたいなというふうに思っております。

なお、予算的には災害対策費の方で 600万円という予算はありましたけれども、全体的なものを見ますと約 800万円近くかかっているのかなと思っております。この不足分につきましては、予備費から充用させていただきたいというふうに考えております。

概要でございますが、簡単ではございますが、以上で説明を終わらせていただきます。

○議長(石橋源一)

それでは、本日の日程は、お手元に配付いたしました議事日程第4号のとおりであります。


 日程第1 会議録署名議員の指名

○議長(石橋源一)

日程第1、会議録署名議員の指名を行います。

会議録署名議員は、会議規則第99条の規定により、議長において昌浦泰已議員及び阿部五一議員を指名いたします。

この際、御報告申し上げます。

本日、15番松村敬子議員から、本日の本会議に出席できない旨、会議規則第2条の規定により届け出がありました。

これをもって報告を終わります。


日程第2 一般質問

○議長(石橋源一)

日程第2、一般質問を行います。

質問の通告がありますので、順次発言を許します。

なお、質問者並びに解答者は簡潔に要領よく発言し、議事の進行に御協力願います。

 13番吉田瑞生議員。

(13番 吉田瑞生議員登壇)

○13番(吉田瑞生議員)

平成23年11月1日の市制施行40周年に際しての記念事業として、初代市長大場源七氏の胸像を修理すること等について伺います。

大場源七翁胸像の眼鏡が壊されたり、伊藤喜一郎氏胸像台座に刻まれた名前や文字が腐食している状態にあります。これらのことに対処して保全を図り、敬仰するとともに、維持管理に努められたいのであります。

ことしは、特別史跡多賀城跡附寺跡発掘調査50周年です。歴代首長の功績をたたえるあかしであることとして取り扱いいただきたいのであります。

明治22年に多賀城村が誕生、昭和26年7月に町制を施行、昭和46年、1971年11月1日に多賀城市制が施行されました。

大場源七氏は、昭和34年5月1日に多賀城町長に就任。以来昭和50年4月30日に退任するまで16年間、献身的に尽力され、昭和46年11月1日には市制施行をなし遂げ、初代市長となり、今日の多賀城市発展の礎を築かれました。昭和51年11月1日には、多賀城市名誉市民に推載され、最初の名誉市民となり、悠々自適の生活の中で後進の指導に当たっておられましたが、昭和55年11月28日、89歳の天寿を全うし、輝かしい生涯を過ごされました。

大場源七初代市長の胸像は、高さおよそ 2.3メートル、多賀城市老人福祉センターの構内、さきに大場源七氏が寄贈された庭園の一角に、多賀城公園を背景として建てられ、昭和50年7月26日に除幕式が行われました。

胸像の台座には名前とともに、位階や勲位が次のように刻まれております。

「初代市長、従七位勲五等、大場源七翁の像。翁は昭和34年多賀城町長に就任、同46年11月、市制をしくや引き続き初代市長となる。在職16年、史跡のまち、緑のある住みよいまち、近代的工業のまちを標榜し、激動の時にあってよく理想郷の建設に尽くされたその高邁たる識見と愛郷の熱情は市民のひとしく敬仰するところである。ここにわれら相はかって翁の像を建立し、永くその功績を讃え、感謝の誠を捧げる。昭和50年7月26日、多賀城市長伊藤喜一郎撰文」。

ところが、心ない不心得な者によって、胸像の眼鏡が壊されてなくなっているのです。いつ壊されたかはわかりませんが、ざんきにたえません。この場におけるきょうの私の発言は、このような暴力行為が惹起していることを多賀城市民に告げることによって、住みよさの信条を律する風土をはぐくみたいとの願いの発露からなのでもあります。

以上、大場源七氏の胸像を修理して敬仰するとともに、維持管理の体制を確立し、保全を図られたいのであります。

次に、伊藤喜一郎氏についてであります。

氏は、昭和50年5月1日に多賀城市長に就任。以来、平成6年7月12日までの19年間余、全身全霊をささげて多賀城市政の発展にこよなく尽くされました。

伊藤喜一郎市長の胸像は、多賀城市文化センターの一角に大ホールの前で八脚門を眺める位置に建てられております。銅像の台座には、名前とともに位階や勲位が次のように記されております。「多賀城市長、従五位勲四等伊藤喜一郎翁の像。翁は、大正15年多賀城村役場に奉職して以来、多賀城村、多賀城町、多賀城市の助役を経て、昭和50年5月1日に市長に就任する。市長在職19年、地方自治の進展と住民福祉の向上に心血を注ぎ、多賀城の市政発展に尽くされた功績には誠に偉大なものがあり、6万市民ひとしく敬仰するところである。ここに永くその功績を讃え感謝の意を表するため、翁の胸像を建立する。平成7年11月1日、前多賀城市長故伊藤喜一郎翁胸像建立顕彰会 会長多賀城市長鈴木和夫撰文」。

しかし、功績の文面が腐食していて、文字の判読が容易ではありません。野外に所在するため、手入れが施されないと状態が悪化して腐食が一段と進行し、文面がわからなくなってしまいます。恒常的な維持管理を図り、酸性雨等についての対策にも努め、顕彰に意を配してまいることが必要であります。

以上、胸像を破壊から守ること等を述べました。ここで銅像に関して私の思いを語ることといたします。

銅像とは、実在の人物、像主の功績をたたえ、あらわし、それを後世に伝えるために建てられるもので、像主が一定の範囲内で評価され、その評価が共有されなければなりません。国家によって特別に評価された個人を形象化したものであります。そうした社会的な地位を示す明快な指標があること。よって、銅像の台座には名前とともに好んで位階や勲位が刻まれるのはこのためであります。そうでなければ、野外の公共空間に建てることはできないでしょう。以上のように思料するものであります。

ことしは、昭和35年、1960年に多賀城廃寺跡の発掘調査を宮城県教育委員会、河北文化事業団の援助のもとに、東北大学考古学教室伊東信雄教授の指導により実施して50周年の記念すべき年であります。多賀城町は文化庁とともに多賀城廃寺跡の環境整備事業を実施し、昭和43年度に全国で第2番目の史跡公園を実現しました。ちなみに史跡公園の第1号は大阪府枚方市の百済寺跡が昭和42年度に整備されています。多賀城廃寺跡の史跡公園には、昭和44年5月3日、今日出海文化庁長官が参られたと岡田茂弘先生が述べておられます。

大場源七町長は、昭和45年発刊の「多賀城跡調査報告1・多賀城廃寺跡」の中で、次のように述べています。「先人の築いた文化遺産、郷土の誇る文化財を積極的に保護し、後世に伝えていくことが、郷土人のなすべき責務であり、しかもそれが新しい未来像を創造する源泉となることを思うとき、私は行政の立場からこれを実践せんと深く心に記したのである」とみずからの態度を表明しておられます。

最後に、大場源七市長が作詩された昭和41年6月制定の多賀城市立多賀城東小学校の校歌を御披露いたします。

1、太平洋に世が明けて、朝風清く窓に入る

 貞山運河のこの辺り、偉人の姿追憶い見る

 わが学舎に誇りあり

 ここに希望と幸あり東校

2、我らの郷土多賀城は、千古の遺跡伝えてし

 東奥文化の発祥地 故を温ね新しく

 学びの校庭に光さす

 ここに理想と幸あり東校

大場市長はみずからの思いを筆にとって、児童生徒たちの将来に限りない夢を託し、温故知新を語りつつ歩まれました。

以上、菊地市長の所見、答弁を求めて私の質問を終わります。

○議長(石橋源一)

市長の答弁を求めます。市長。

(市長 菊地健次郎登壇)

○市長(菊地健次郎)

吉田議員の御質問にお答え申し上げます。

大場源七翁の胸像の眼鏡が壊されたことに関しては、私も大変遺憾に感じております。大場源七翁の胸像は、老人福祉センターの屋外に設置されているため、いつどのような状況で壊されたのかわからないのが実情です。過去にも2回ほど眼鏡を壊され修理をいたしましたが、私も吉田議員の思いと全く同様でございまして、今後このような心ない行為が行われないよう願うものでありまして、モラルの向上を啓発してまいりたいと思います。

また、伊藤喜一郎翁胸像台座の銘板の腐食についてですが、従来の胸像は銅の合金でできており、人為的に緑青をふかせて皮膜をつくり、内部を外気から遮断して保護されております。しかし、こちらも文化センターの屋外に設置されているため、長年の風雨によりこの皮膜が減少していくことは避けられず、メンテナンスが必要であると認識しております。私も吉田議員同様に、歴代首長の功績により現在の多賀城市の発展があると認識しております。したがいまして、その功績をたたえるとともに、それを後世に伝えるため、市制施行40周年を待たずに、早急に修理して維持管理体制の確立に努めてまいりたいと思っております。

私もこの際、両胸像を見てまいりました。吉田議員のおっしゃること、ごもっともだというふうに思っております。どうぞよろしくお願い申し上げます。

○議長(石橋源一)

吉田議員。

○13番(吉田瑞生議員)

ただいまの市長の答弁で、私の意図するところと同じ所見を答弁されました。そして、市制施行、来年度の年を待たずに、その前にとり行うということで、ぜひ立派な胸像をきちっとたたえ整えて、平成23年11月1日の市制施行40周年を迎える、ことほぐということに相努めていただければ、これまた望外の全市民の願いをかなうこととなると思います。そのような体制を築いていただいて、新たな気持ちで私自身もその市制の記念の取り組みに今からまた一歩一歩築く歩みを重ねていきたいと、こんな思いで今の市長の答弁を拝聴しておりました。よろしく取り扱っていただきたいと思います。

それと、今も私も述べたし、市長の答弁にもありましたけれども、歴代の首長が営々と築いてきたこれらの成果、まさに土台を、礎を築いてきて今日にある。改めて歴代の首長さん方のその取り組みを、しかと今また菊地市長が先頭になってですね、これらの功績を改めて市民に伝える、その役目がもう一つあるのだと思います。胸像をきちっと整えるとともに、功績の経緯、内容、成果をしかと全市民にまた改めてお知らせをする、それがまた今日の我々の努めでもあると思います。

私は、大場町長、大場市長の取り組みの一つとして、多賀城廃寺跡のことについても先ほど触れました。さらにもうちょっと触れさせていただきます。あえて触れるということは、こういう取り組みがあったんだと、こういう業績があったんだと、多くの皆さんがそのことに英知を注ぎ、力を尽くしてきたというあかしでもあるので発言をさせていただきます。

この多賀城廃寺跡の取り組みの経緯についてはるる述べましたけれども、宮城県にあってはこの多賀城の調査の必要性を力説されてですね、当時その実現に尽力されたもう一人の方がおられます。たくさんの方がいますけれども、もう1人だけ紹介しておきます。

それは、当時宮城県の教育長でありました、市長も御存じのとおり、県の農業短期大学の学長を務められた三沢房太郎先生。先ほども述べましたけれども、大変力説されてこれらの取り組みをバックアップされました。そしてまた、さらに地元高崎地区の人々の協力、多賀神社、鈴木和夫氏各位の好意によって、この多賀城廃寺跡の調査と保存を現実に可能ならしめたと、こういうことを当時の伊東信雄先生が記されております。こんなことも、改めて先ほど私が述べましたけれども、功績をたたえる中に含めてですね、もう一度集大成をする。補正予算の審議のときにもありましたけれども、多賀城でこれまで営々と取り組んできた文化財の行政などのこのデータ、資料を全部整備して、改めて記録を整え、保存し、そして発信する体制を築かれたということで予算化されてこの取り組みを推移してきた経過もありますから、こんな土台、こんなベースがあって取り組まれてきたということも一つ大事ではないかと思います。

さらに、もう1点は、多賀城廃寺跡のことについて言うならば、先ほど私も一つ多賀城跡調査報告書の多賀城廃寺の記録の位置についてはこれ述べましたけれども、これができるまでの間にですね、多くの研究成果が昭和35年から取り組まれてきて、既に皆さんも御承知かと思いますけれども、四つの文献が記録としても整って発刊されております。

御紹介いたします。一つは、宮城県教育委員会、昭和36年度多賀城跡発掘調査既報、これは昭和37年3月に発刊されています。二つ目は、宮城県教育委員会、昭和37年度多賀城跡発掘調査既報、昭和38年3月の発刊です。さらにまた三つ目には、特別史跡多賀城跡附寺跡環境調査整備委員会、昭和41年度多賀城廃寺発掘調査報告既報、これは昭和42年3月に発刊されています。四つ目には、特別史跡多賀城跡附寺跡環境整備委員会、昭和42年度多賀城廃寺跡発掘調査既報、これは昭和43年3月に発行されて、これら4冊の既報が既に出ている上にのっとって、先ほども触れましたけれども、大場町長が一文を述べて、みずからがそういう態度で取り組むという決意を表明されて今日に至って、発掘調査についてもこの記念すべき50周年の年を迎えるということがあって、そういう時の流れの中で当時の今日出海文化庁長官も多賀城に参られたという経緯もあることも踏まえながら、私はこの市制施行40周年とあわせて発掘調査50周年の内容をトータルでもう一度一つのメモに起こして、それらを取りまとめた冊子等を考えてみるということも記念すべき事業の一つとして考慮していいのではないかなと思いつつ、きょうの質問を実は行ったわけであります。再度市長の所見をお伺いいたします。

○議長(石橋源一)

市長。

○市長(菊地健次郎)

今、吉田議員からいろいろと発掘調査50周年、そして来年は市制施行40周年ということにちなんだお話がございました。

私もわからない部分、文化庁長官が参られたというふうなこと、あるいは宮城県の教育長にいろいろと御協力をいただいたというふうな話がありましたけれども、そういうことも含めてもう一度多賀城の市制施行と絡めて、また発掘調査50周年と絡めて、確かな歴史の重みを感じて、それを取りまとめるという作業も大切ではないかなというふうに思いますので、関係部署にそのまとめ方をお願いするように、また、後世にそれを伝えるような形のものをつくっていきたいなというふうに思っております。以上でございます。

○議長(石橋源一)

吉田議員、ちょっとお待ちください。質問通告内容と整合性のない部分まで言及しているというふうな私独断の解釈にとるわけでございますけれども、今の菊地市長の答弁にてこの質問は続行されるということの思いですか。(「はい」の声あり)はい、13番吉田瑞生議員。

○13番(吉田瑞生議員)

今、市長の答弁がありましたけれども、私も再質問で述べましたけれども、基本はそれもこれも歴代の首長 ── 大場町長、大場市長、そして伊藤喜一郎市長、そして鈴木和夫市長、今日の菊地健次郎市長がそれを受け継いでいるということが基本になって各般の協力、御指導、助言をいただいて今日があるんだということを改めて申し上げて、私の質問を終わります。

○議長(石橋源一)

 次に、7番森長一郎議員の発言を許します。

(7番 森 長一郎議員登壇)

○7番(森 長一郎議員)

私の質問は、建設行政について、第五次多賀城市総合計画策定について、そして平成22年度予算についての3点であります。

まず、第1点目の建設行政についてでありますが、これは我が市の都市計画においても市内業者の利便性に寄与するためにも、建築主事の配置を求めるものであります。

平成20年4月より市内鶴ヶ谷にありました仙台東土木事務所が閉鎖され、仙台市宮城野区幸町の仙台土木事務所に併合され、建築確認、中間検査、完了検査等市内の業者も不便を感じていることもさることながら、我が多賀城市の都市計画においても多賀城の特性、地域性に深い理解と認識を持った建築主事の配置が必要と思うのであります。

法的にも建築基準法第4条第2項に「市町村は、その長の指揮監督のもとに第6条第1項の規定よる確認に関する事務を司るために建築主事を置くことができる」としており、設置は可能であり、現に塩竈市、石巻市、大崎市には既に建築主事を置いて建築行政を行っているのであります。

平成20年6月、第2回定例会で市民からも同趣旨の陳情書が提出されてもおります。御対応を伺うものであり、御答弁をお願いいたします。

次に、多賀城市の第五次総合計画策定についてであります。

昨年9月9日に市長公室行政経営担当から議会へ第五次多賀城市総合計画策定に係る進捗状況について、多様な主体の参画と総合計画の進め方、まちづくり懇談会の進め方、将来都市像の決定プロセス、多賀城市の将来都市像、将来都市像と政策、施策体系、総合計画策定全体スケジュールなどの説明があり、その後、11月27日に第四次多賀城市総合計画の評価結果と第五次多賀城市総合計画施策体系案が示され、説明会が開催されたのであります。

東北学院大学教養学部地域構想学科の教授をコーディネーターに、住民、民間企業、NPO、市民団体、地域自治組織、大学生など文字どおり多様な主体の皆様と行政職員で構成されるまちづくり懇談会で多くの時間を多賀城市の未来のために費やしていただいていること。産学官連携、市民協働の姿として心から感謝するものであります。

夢を語り、いかにしてその夢を具現化していくのか。当然市民協働の目標、目的は、市民の幸せにほかならないと私も思っております。そこで、まちづくり懇談会のメンバーや 3,000人の市民アンケート、第四次多賀城市総合計画の評価結果などから、第五次多賀城市総合計画の策定案の経過途上とは思うのでありますが、将来の活動の受け皿となる既存の各市民団体、組織との整合性対応を伺うものであります。

最後の質問は、平成22年度予算案についてであります。

2月18日木曜日の河北新報朝刊には多賀城市の新年度当初予算案について、2月21日日曜日の読売新聞には県内13市の当初予算案について掲載されていたのでありますが、ここで一部引用させていただきますと、税収については、東松島を除く全市で前年度比減となり、石巻、塩竈、登米を除く10市が市債を増額発行して財源不足を補うほか、貯金に当たる財政調整基金も白石以外の12市が取り崩す方針であり、景気低迷の影響で税収が減り自由裁量がますます狭まる中、各市とも予算編成に苦慮した跡がうかがえるとの評価のもと、一般会計総額は11市で前年度当初よりふえており、大幅にふえたのは岩沼20.3%増、次に我が多賀城の10.6%増、そして東松島が 9.0%増となっているのであります。

増額予算を組んだ主な理由として、中学生までの子供に新年度から支給が始まる子ども手当の財源として多額の国庫負担金を計上したためであり、これは国の政策が反映されたもので、地方の自主財源が拡大したわけではないと記述しているのであります。

一方、減額したのは、4月に市長選を控えて骨格予算となった気仙沼 2.7%減と子ども手当を当初予算に盛り込まなかった白石 2.6%減の2市だそうであります。

また、歳入確保のため市債発行額を増額する市も多く、岩沼はほぼ倍増となる26億円、東松島も41.9%増の17億円を計上。多賀城市においても48.1%の増となっており、また地方交付税の不足分を補てんする臨時財政対策債 ── 赤字地方債でありますが、これも角田を除く全市が過去最高額を計上。基金の取り崩しについても避けられず、県内唯一財政調整基金を取り崩さない方針を決めた白石については「現在残高は18億円あるが、将来の臨時支出に対応するため今回はあえて温存した」と説明しており、毎年のように苦しいやりくりを続けた結果、新年度末の残高見込みでは多賀城3億円、名取4億円など大半の市で余裕がなくなっているのが実情であると結んでいるのであります。

これは、平成21年12月25日、総務省自治財政局より平成22年度地方財政対策の概要が発表されたことに基づいた各市の当初予算案であり、国においても地方財政計画の規模、内容としては、臨時財政対策債で補うとはいえ過去最高の財源不足となっているのであります。

その大きな要因の一つに子ども手当の創設があり、平成22年度分は暫定的に子ども手当と児童手当を併給することとし、平成23年度以降の子ども手当の費用負担のあり方については、平成22年度において地域主権を進める観点等から地方が主体的に実施するサービス給付等に係る国と地方の役割分担、経費負担のあり方とあわせて地域主権戦略会議等で議論をしていくとしているのであります。

現下の景気低迷の中での財源捻出については非常に厳しいものがあり、国においても地方においても対応に苦慮しており、事業仕分けの中からむだをなくし、サービスと質の維持向上を求めながらスリムな行政を目指しながらも、財源の源となる安定した経済を立て直すためには、地域の特性を生かした真の地域主権が必要と思うのであります。

多賀城市だけの問題ではないとは思うのでありますが、自主財源の減少傾向に対して、地域主権の立場から今後の対応を伺うものであります。

以上、3点について最初の質問といたします。御答弁をお願いいたします。よろしくどうぞお願いします。

○議長(石橋源一)

市長の答弁を求めます。市長。

○市長(菊地健次郎)

森議員の1点目の御質問にお答えいたします。

建築主事の配置についてですが、建築主事は建築基準法の規定で、建築確認検査に関する業務を行うため人口25万人以上の市では設置が必須であること。25万人未満の市町村では、都道府県知事の同意を得て設置することができるとされております。

宮城県内では、仙台市、石巻市、塩竈市及び大崎市が建築主事を置く地方公共団体、すなわち特定行政庁として建築行政全般をつかさどっており、本市を含むその他の市町村では、宮城県がその業務に当たり、仙台東土木事務所が廃止となった平成20年4月からは仙台土木事務所がその業務を担っております。平成11年6月からは、民間の指定機関でも確認検査を受け付けすることができるようになりましたし、本市を経由しないで直接申請する方式になってからの担当窓口での受け付け件数や対応状況を見ましても御不便をおかけするまでには至っていないのではないかと確認しております。

現在は、建築主事に任命するための建築基準適合判定資格を有する職員がおりませんし、これから取得させたとしても関連実務を2年以上経験しなければなりません。また、業務の性質上、複数の職員が携わらなければならないという実情もございます。

このようなことから、今後新たに当該業務を本市が積極的に行うということは、持続可能な行政経営を目指し、適正な定員管理をしていくことともかけ離れるものであろうと考えております。

したがいまして、関係事業者の負担が少しでも低減されるよう、現地調査や問い合わせ事項の対応などでなお一層宮城県と密接に連携し、サービスの向上に努めてまいりますので、御理解願いたいと思います。

2点目の御質問にお答えいたします。

第五次多賀城市総合計画につきましては、まちづくり懇談会での議論、市民アンケート結果、おばんです懇談会における対話等さまざまな機会を通じて市民のニーズ、考え、思いなどを把握しながら、将来都市像案やそれを実現するための施策の目指す姿、その進捗状況を図っていくための成果指標、いわゆる物差しについて検討を重ね、総合計画の基本構想、基本計画の策定を進めているところでございます。

ことしの1月16日及び30日の2回にわたり、こうして検討を重ねてきた施策の目指す姿や物差しに関して、議員の皆様や自治会、町内会を初めとするさまざまな団体の皆様に御説明する機会を設け、意見交換を行ったところでございます。また、4月から開催を予定する多賀城市総合計画審議会において、各種団体を代表する方々や市民の皆様から多角的な視点で第五次多賀城市総合計画の内容を審議、答申いただくことを予定しております。

このように、市民主役のまちを目指した行政経営を進めるに当たっては、これから目指すまちの姿、ビジョンや方向性について、市民、議会、自治会、町内会、市民活動団体等の皆様と共有していくことが不可欠であって、そうした前提のもとで主役である市民の皆様が大いに活躍できる環境を整えていくことが行政の役割であると言えます。

したがいまして、第五次多賀城市総合計画に掲げる施策の目標を達成し、多賀城市がよりよいまち、住みよいまちとなるようまちづくりにかかわる多くの方々と連携、協力しながら具体的な取り組みを進めていくため、まちの目指す姿やその物差し、そして今後の事業展開の方向性などについて、まちづくりのパートナーであるさまざまな団体の方々とお話し合いを行う機会を今後も設け、しっかりと共有しながら総合計画に基づく取り組みを進めてまいります。

最後の3点目の御質問にお答えいたします。

現下の経済不況において、自主財源の基本である税収の落ち込みは極めて深刻な状況にございます。平成22年度地方財政対策ではその点が大きく考慮され、地方交付税に臨時財政対策債を加えた実質的な地方交付税の総額は、過去最高の金額となっております。その交付税を支えているのが臨時財政対策債であるという実態を見れば、これは必ずしも手放しで歓迎すべきものではございません。

しかしながら、殊、交付税に関しては、もともと地方財政の調整機能を有していることを省みれば、地方税収の落ち込みに対してしかるべき財政措置がなされたという点で甘受すべきものと考えております。

さて、地域主権の立場からの自主財源の確保策でございますが、大規模工業団地構想でもお示ししたとおり、今後とも企業誘致や産業創造に積極的に取り組み、将来にわたる自主財源を確保してまいりたいと考えております。そのためにも今般の国の経済対策に措置された臨時の交付金はもちろんのこと、起債発行により調達する財源であっても、これを有効に活用することで、地域活力の向上や地域経済活動の活性化に着実に取り組んでまいりたいと思います。

また、そのほかにもこれまでに取り組んでまいりました納税しやすい環境づくりや、ふるさと多賀城応援寄附、広告事業などもより一層推進し、魅力あふれる多賀城のまちづくりに貢献する自主財源の確保策に意を尽くしてまいりますので、御理解と御協力をお願い申し上げます。以上ございます。

○議長(石橋源一)

7番森長一郎議員。

○7番(森 長一郎議員)

2点目、3点目につきましては、市長が今御理解をしていただきたいというふうなこと。それで、内容も含めて全くそのとおりだなというふうに思います。

2点目については、その受け皿として、なかなか表立って見えないと。市民の代表がお話をしている、ないしすべてにおいてではないんですが、どこかに参画している方々がお話ししている。それで、まだ直接その受け皿の代表の方々、組織の代表の方々すべてとはまだ話していないというふうなことで、その辺をどうやって網羅していくんだろうなという不安がございました。それで、今の市長の御答弁でございますが、それを埋めていくんだというふうな内容でございましたので、ぜひよろしくどうぞお願いしたいと思います。

それで、3点目につきましては、もちろんそうなんですが、県の富県戦略なり、トヨタが今こういう状態になっておりますが、まずさまざまな企業において、やはり富市戦略といいますか、それに結びつけていくことが大事なんだろうというふうに思います。本予算についても随分とそのような形で、「コンクリートから人へ」のその「人」への部分でのハードの部分にも随分と投資をされているなという感がありますので、ぜひその形で財源に結びついていっていただければなと。その陰には市民の幸せがあるので、まず財源ありきではなくて、何のための財源なのかということが大事だと思いますので、ぜひ把握をしていただければなと思います。

それで、1点目なんですが、前にも実はこれ、質問しておりまして、建築主事であります。それで、多賀城市においても富県戦略、富市戦略の中で、実際その都市計画の中でも非常にこれはメリットがあるんだろうなと。なぜ塩竈で建築主事を置いているんだろうかと。地域性、あとは地勢があっての必要性に多分対応したんだろうと。要は、質問の中でも申し上げました地域性、あとは地域の特性を認識した方が、まあ、法の壁を超えるわけにはいかないんですが、そのことを認識した上で対応できるのではないかなと。それで、多賀城市、財政的になかなか単独では難しい。では、塩竈ないし2市3町でどのように対応するかというふうなことは考えられないんでしょうか。

○議長(石橋源一)

市長の答弁を求めます。市長。

○市長(菊地健次郎)

今、森議員からの質問。2市3町での対応というふうなことで質問いただきましたけれども、今までは東土木事務所があったから、すぐ近くにあったということもありましたけれども、今度仙台に行ったということもありまして、なかなか対応が多賀城の場合はとれないと。ただ、個人のところでもこれはできるというふうなスタイルに、先ほど申し上げましたように変わってきたわけですね。ですから、そこまでですね、塩竈を中心とした2市3町というふうな形でできるのかどうか、ちょっと私もその辺はわかりませんので、建設部長の方から答弁させますのでちょっとよろしくお願いいたします。

○議長(石橋源一)

建設部長。

○建設部長(兼)下水道部長(佐藤正雄)

建築確認に当たってですね、実質道路だとか市道だとか、それから後退用地だとかという部分については、実質多賀城市とですね、それから仙台土木と協議して行政指導しているという実態でございます。

なお、広域でその建築確認行政をやるのかということになれば、従前の東土木事務所と管轄としては同じ形になりますので、その辺についてはちょっと検討してみたいと、関係機関とちょっと調整してみたいと思いますので、よろしくお願いしたいと思います。

○議長(石橋源一)

7番森長一郎議員。

○7番(森 長一郎議員)

検討していただけるというふうなことで。

あともう一つ情報といたしまして、前に仙台土木事務所にいらした方が退職されているというふうなことで、財政的な部分で、まあ、安くというのは変なんですが、資格を持っていらっしゃる方で退職された方も中にはいらっしゃるのではないかなと。そういう方を有効的に活用していくのも一つの手ではないかなと思いますので、あわせて検討していただければよろしいのかと思います。以上でございます。

○議長(石橋源一)

答弁よろしいですね。(「はい、結構です」の声あり)はい。

ここで休憩をいたしたいと思います。再開は11時15分といたします。

午前11時02分 休憩


午前11時15分 開議

○議長(石橋源一)

再開をいたします。

 2番佐藤惠子議員の発言を許します。

(2番 佐藤惠子議員登壇)

○2番(佐藤惠子議員)

私の質問は、大きく3点であります。

最初の質問は、公共交通。バスの充実改善について2点ほど伺います。

バスはいろいろありまして何とか走っていますが、解決したという思いではどうぞ聞いていただかないように、ぜひ聞いていただきたいというふうに思います。よろしくお願いいたします。

まず、1点目として、多賀城東部地域における住民の足としてのバス交通網の充実は、たびたびそして再三再四お願いをしてまいりました。現在は、他自治体との協議も調い、何とか住民の方々の要望にこたえつつあります。この点では当局の努力を多とするものでございます。

しかし、依然として一部バス停の設置場所が利用者にとって不便という声は相変わらず大きく多いのでございます。言うまでもありませんが、高齢化が加速する中で、どのように健康的で暮らしの質を保ちながら地域で暮らすのか、また、その手だてを行政がどのようにとっていくのかということは、大変私たちが健康で生きるためには重要なことだと考えます。

公共交通が使い勝手のよいものになっているのかいないのか、バスは通ったけれどもバス停が住宅街から遠いところにあるというのでは、ありがたさも半分というものでございます。走らせているのは七ヶ浜町だから先方の意向が優先するということもあるようですけれども、せっかく多賀城市内を走っているのですから、便利よく利用できる適切な場所にバス停を ── 具体的には、現在ユーアイバスが走っている笠神の路線の中に移設していただきたいと思うのですが、七ヶ浜町との協議を強めていただきたいと思います。いかがでございますか、お答えをお願いいたします。

②点目として、バス停の改善についてでございます。

現在市内にあるバス停全部、言葉が適切かどうかわかりませんが、吹きさらし状態にあります。市内のバス停に屋根とベンチを順次設置することを検討してはいかがかというものでございます。

以上、2点についてお答えをお願いいたします。

次の2問目の質問は、高齢者がみずからの運転事故を防ぐために、免許証を返納することがふえていると言われています。また、事故防止のためには適切に返納していただくことも重要ではないでしょうか。適切な返納を促していくために、返納した高齢者には、例えばタクシー代の割引やバス料金の割引など優遇措置を検討してはいかがかというものでございます。

先日、塩釜警察署の佐藤交通課長にお話を伺ってまいりました。少し紹介いたしますと、多賀城市の交通事故は、平成20年には 220件、そのうち高齢者が絡む事故は74件、死者6人、重軽傷者71人でありました。昨年、平成21年は、事故 247件、高齢者絡みは96件、死者1人。この死者という方はこの市役所の裏側のところで立木にぶつかったという方でございましたが、重軽傷者 103人でありました。昨年は、幸いにして死亡者が一昨年より減っておりますけれども、傾向として高齢の方々の事故はふえていると話をしてくださいました。

先日、私は80歳前半の男性から、「運転に自信がなくなったので免許証を返納してきた。自分のせいで他人に迷惑をかけることになってはいけないと思い返したが、車がなくなると生活のいろいろなところで結構影響が大きくて大変」と話されました。免許証を返すことは、その直後から何らかのかわりの交通手段が必要になります。通院にも買い物にもバスなりタクシーなり利用することになるのですが、「少ない年金でそのやりくりも大変だ」とこういうお話もしておいでになりました。

県内でも他自治体で返納した方に大手スーパーの買い物の割引サービスや銀行の利子の上乗せサービスなどが行われております。その仕組みは、返納したときに交通安全協会に入会し、運転経歴証明書を発行してもらうそうであります。手数料は 1,000円かかるそうですが、発行してもらい手続をとるというものであります。本市における返納者は平成20年から今まで14名いらっしゃいます。この方々と今から返納する方々に対し、多賀城市でもバス料金の割引やタクシー料金割引の優遇措置を検討されてはいかがでしょうかというものでございます。お答えをお願いいたします。

3問目でございますが、次に、国の教育ローンや奨学金など教育資金への利子補給制度の創設についてお伺いをいたします。

子育て世代の親が一番強く望んでいるのは、教育費の負担軽減です。政府の世論調査によれば、子育てのつらさの一番は、「子供の将来の教育にお金がかかる」で36.2%、「子供が小さいときの子育てにお金がかかる」、これも20.1%で、合わせて6割近くに上ってございます。これは、市のこれまで行ってきた調査の中の状況とも同じと言えます。

一方、児童のいる世帯の平均所得は、1996年以降、11年間で9万円も減っているのでございます。しかも、昨今の経済情勢の中でリストラや賃下げなどで親の収入が減り、生活が大変になっている世帯が御存じのようにふえてございます。こうした切実な声に国も自治体もこたえる施策を打ち出していくことが、今、本当に求められているのではないでしょうか。

そうした中で、仙台市は来年度から教育資金利子補給金制度をスタートさせます。交付要綱の第1条では、教育の機会均等と経済的負担の軽減を図り、もって教育の振興を図るため、教育資金に係る融資を受けた者に対する利子補給を実施するとうたい、具体的には日本政策金融公庫から教育一般貸し付け、いわゆる国の教育ローンを受けた生徒に対して、公立高校では生徒1人90万円、私立高校では生徒1人 150万円を上限として、融資利率の 100%を補給するというものであります。仙台市以外にもこうした教育資金の利子補給を行っている自治体があります。北海道の名寄市では、高校生だけでなく専修学校の生徒や大学生なども対象にして、利子補給の制度を行っています。名寄市では、日本政策金融公庫の教育資金とあわせ、日本学生支援機構の有利子奨学生も対象にしてございます。

この間、私どもは、議会で市独自の奨学金制度をつくるよう再三取り上げてまいりましたが、市は実施していく方向に踏み出していません。私どもは引き続き奨学金制度の創設を要望してまいりますが、今回、仙台市や名寄市で行っている教育資金、奨学金への利子補給制度を多賀城市でもまずスタートさせ、少しでも子供の親の負担の軽減を図ることが必要なことではないかと考えます。

利子補給金の上限を設ければ、市の財政負担もそれほどではないと考えます。ぜひ前向きに御答弁をいただきますようお願いを申し上げます。

○議長(石橋源一)

市長の答弁を求めます。市長。

(市長 菊地健次郎登壇)

○市長(菊地健次郎)

佐藤議員の御質問にお答えいたします。

まず初めに、塩竈市と隣接する笠神地域におけるバス運行状況を御説明いたします。

現在、この地区には塩竈市の「NEWしおナビ」、七ヶ浜町の「ぐるりんこ」、多賀城東部線の3路線が運行しており、市内でもバスの利便性が高く、鉄道や病院などへのアクセス性が確保されている地区になっており、さらにことし2月1日から「NEWしおナビ」のバス路線において、塩釜第三中学校前のバス停留所が追加になっております。

御提案のありましたバス停留所の移設につきましては、七ヶ浜町民バス「ぐるりんこ」の運行ルートが元来多賀城高校に通う高校生を対象に設定していることから、現時点でのバス停留所移設は難しいのではないかと判断しております。今後も地域住民の足の確保と利便性向上に向けて七ヶ浜町とは話し合いの場を持ってまいります。

次の、バス停留所の屋根とベンチにつきましては、乗降客の利便性、快適性の向上やバリアフリー化を進めるために必要な施設であることは我々行政としても十分認識しておりますが、設置するための道路幅員の確保という問題がございます。警察庁の通達であります「バス停留所の上屋に関する道路使用許可の取り扱い」では、歩道におけるバス停留所部分の往来に関しては、車いす利用者が無理なくすれ違うことができること、歩行者が円滑に通行できる歩道の有効幅員として、ベンチや上屋の柱の外側から2メール以上を確保することになっております。ターミナル機能を持つJR多賀城駅や国府多賀城駅は、設置基準を満たしていることから、上屋つきのバス停留所を駅前広場に設置しておりますが、佐藤議員も御存じのとおり、多賀城市内を運行するバス路線のほとんどは、歩道が設置されていない住宅団地内の生活道路や幅員の狭い道路を運行しておりますので、バス停留所に上屋やベンチを設置するだけのスペースがないことを御理解いただきたいと思います。

2点目の高齢者の運転免許証自主返納時の対応についての御質問についてですが、警察庁においては高齢者ドライバーによる事故が年々増加していることから、平成10年から高齢者の運転免許証自主返納を推進しております。塩釜警察署管内2市3町の高齢者の運転免許証自主返納者は、平成10年から57人であり、そのうち多賀城市の返納者は14人となっております。

自主返納の優遇措置につきましては、平成21年4月6日から宮城県タクシー協会塩釜支部の14社及び塩釜地区自動車運転代行業連絡協議会では、県の公安委員会が発行する運転経歴証明書を提示すると、乗車運行料金の1割引きを実施しております。

ちなみに、塩釜地区交通安全協会では、高齢者の会員が免許証を返納した場合には、優遇措置として平成20年10月1日から運転経歴証明手数料 1,000円を助成しております。

本市の多賀城東部線における免許返納者への割引につきましては、もともと免許をお持ちでなく、バスを御利用いただいている多くの高齢者の方に対し不公平であることから、現在、導入については検討しておりません。

なお、免許返納を促進し、交通事故を未然に防止するためにも、利用しやすい公共交通機関であることが重要であると認識しておりますので、今後も地域の生活の足を確保できるよう隣接市町と連携してまいりたいと考えております。

3点目の市独自の奨学金制度の充実につきましては、教育長から答弁させますので、よろしくお願いいたします。

○議長(石橋源一)

教育長。

(教育委員会教育長 菊地昭吾登壇)

○教育委員会教育長(菊地昭吾)

3点目の市独自の奨学金制度の充実についてとの御質問でございますが、昨年の第4回定例会でも御回答申し上げましたとおり、現在のところ市独自の奨学金制度につきましても、今回御提案のありました仙台市や北海道名寄市のような奨学金制度利用者に対する利子補給支援制度につきましても取り組む予定はございませんので、御理解を賜りたいというふうに思います。

本市といたしましては、国の政策として平成22年度から高校授業料の無償化が実施されることもありますので、必要とされる方に対しましては、宮城県社会福祉協議会が無利子で実施している生活福祉資金貸し付け事業の教育支援費の利用について紹介してまいりたいと考えております。

なお、日本学生支援機構奨学金等を含めまして、学校のかかわりが大きいことから、校長会への周知、あるいは連携を改めて図ってまいりたいというふうに思います。よろしくお願いします。

○議長(石橋源一)

2番佐藤惠子議員。

○2番(佐藤惠子議員)

大体考えていたような御答弁をいただいたんですけれども、バス停の問題は、冒頭にも言いましたけれども、本当にせっかくつくってもらったんだから、バス停をやはり住宅、自分の近くにあるということが重要なことなんですね。家から大分離れたところ、坂を上っておりてというようなところにあるということは、本当にね、せっかくつくってもらったんだけれども、やはり利用しづらくてタクシーに乗ってしまうとか、そういういことが随分言われております。相手が七ヶ浜だったり ── 塩竈の「しおナビ」は幾らか三中のところに来てくれて、そういうことになるんですが、七ヶ浜のところの「ぐりるんこ」は本当に……、せっかく通るんだから、あそこの中に入っていっていただきたいという思いで皆さんいらっしゃるわけですよ。

「ぐるりんこ」の一つの目的は、多賀城高校に子供たちを早く運んでいくことだということもお聞きしました。七ヶ浜町の町議会議員からも聞いたし、こちらの方の教育委員会からもバスの担当者からも聞いてはいるんですけれども、そこをね、バス時間を少し前後させればいいわけで、相手があることとはいえ、やはり多賀城の当局としては住民の便利をね、一番最初に考えていただいて、何とか交渉を進めていっていただきたいというのがお願いなんです。これはもうひたすらお願いでありますね。よろしくお願いします、本当に。

市長も現地に出かけていって住民の方と対話するときにですね、そういう対話が多分出てきているというふうに思うんですが、本当にこれはね、行くたびに聞かされるお話でして、私だけでなく皆さんね、笠神に住んでいらっしゃる議員の皆さんも常々声が届いていることだというふうに思います。ぜひ御検討を強めていただきたいというものです。しつこいと言って笑わないでください、本当なんですから。ぜひこの点、再度御答弁をお願い申し上げます。

それから、バス停なんですけれども、なかなか道路の幅員の問題とかいろいろあるかとは思います。しかし、そのバスもね、乗っていただかなければ経営的に大変になりますので、乗っていただく手法としてもベンチがあるとか屋根がかかっているとか、そういう状況にある場所についてはぜひそれを検討していただく、こういうことも大事なことだというふうに思うんですが、これも再度御答弁をお願いをいたします。

それから、本市における教育ローンの利子補給のお願いでありますが、何回も私たちは奨学金があるべき姿だというふうに思ってまいりました。そして、そのことを訴えてきたんですけれども、多賀城市はそういうまだ立場に立っておられないということであります。

私自身が体験したお話なんですけれども、先日あるところで食事をしていた学生に出会いまして、冬休みだったんですが、「どうして家に帰らないの」と言ったら、「家に帰る金がない」と言うんですね。それで、「えーっ」と言ったら、「私、ことし、多賀城市にある大学に入学したんだけれども、入学と同時に 900万円の借金を背負った」と、そういうお話でしたよ。これはローンを借りて払わなければならないということであります。

それで、大学生協連がまとめた学生生活実態調査では、親の仕送りがこの10年間で月2万 8,000円も減っているそうです。25年前のレベルになっているということで、それを補っているのが奨学金で、25年前の 4.5倍でございます。学生の生活費の頼みの綱になっているのでございます。それだけに将来の返済額もふえ、ある大学生は高校時代に 174万円、大学では月12万円の有利子の奨学金を借りており、大学の卒業時には 900万円を超えてしまうそうです。「将来返していけるか本当に不安です」と語っておりました。これは私が聞いた話ではありません。大学生協連で調査した中身の話ですから、全国的なものであろうかと思います。

現在の制度では借りたお金を返していかなければなりませんけれども、大学を卒業した途端に 900万円を返さなければならないというこの重みは本当に大変なものでありまして、この経済情勢の中で大変だなというふうな思いで私はこの生協連の報告も読みましたし、その子供さんのお話も聞きました。ぜひそういう意味では ── 県の社会福祉協議会でやっている制度を利用するということもありますけれども、制度として応援するよという立場に立つということが自治体として大事なことではないのかというふうに思いますが、3点あわせて御答弁をお願いいたします。

○議長(石橋源一)

市長の答弁を求めます。市長。

○市長(菊地健次郎)

1点目の七ヶ浜町の「ぐるりんこ」でございますけれども、これに関しては、やはり多賀城高校の利便を図って七ヶ浜町の方でそういうようなことをやっているということでございまして、これは七ヶ浜町と話し合う機会がありますからとさっきの答弁で申し上げましたように、それは再度ちょっと話し合いはしてみたいとは思いますけれども、やはり七ヶ浜町の方が優先権があるのではないかなというふうに思いますので、なかなかこれは難しいのかなというふうに思っております。

それとベンチとか屋根の関係は、先ほど申し上げましたように、警察庁の通達の「バス停留所の上屋に関する道路使用許可の取り扱い」というようなことがございますから、ベンチや屋根つきのところをつくって、逆に歩行者やなんかがですね、とても通れないというふうな状況が起きたのでは、かえって大変なことになってしまうということですよね。ですから、佐藤惠子議員がおっしゃっている、どこにどういうふうなものをつけてもらいたいのか、具体的に言ってもらわないと当然できないでしょうし、多賀城駅とかあるいは国府多賀城駅なんかにはそういうものをつけてやっているわけでございますから、それだけのスペースがあればできないことはないというふうに思いますけれども、逆に危険が生じるようでは困りますので、その辺、御配慮いただきたいというふうに思います。私からは以上です。

○議長(石橋源一)

3点目、教育長。

○教育委員会教育長(菊地昭吾)

今、佐藤惠子議員の方から実態の御紹介というふうなことを賜りましたが、本市といたしましては、奨学金その他の制度の活用というふうなことの前提に立っておりまして、日本学生支援機構 ── 旧日本育英会でありますが、これについては無利子の第1種がございます。これについても随分緩和されまして、当時でありますと育英会の方でかなり厳しい審査を受けるというふうなことですが、これは第1種の無利子についてもですね、学業というふうなことも若干あるものの、校長の判断で書類も通過するというふうなことになっております。

ただ、それに漏れる子供も恐らく出てくるんだろうというふうに思います。優先されるのは旧育英会のこれでありまして、その次にあるのが、いわゆる県の社会福祉協議会の資金の貸し付け制度、就学資金というふうなことでありまして、これについてはもうかなり要望すれば十分にその期待にこたえられるというふうなことでありますので、順序としましてはその旧育英会のもの、そして、あとこの県のものというふうなことでですね、それぞれの学校の子供たちを抱えている校長との連携あるいは指導を通して今後とも進めてまいりたいというふうにしておりますので、よろしくお願いします。以上であります。

○議長(石橋源一)

2番佐藤惠子議員。

○2番(佐藤惠子議員)

バス停の問題なんですが、要は市が幾らかお金を出してもらえれば、七ヶ浜町でも「ぐるりんこ」でも乗れる話だというふうに思うんです、幾らか少しね。笠神を、あそこを通れば、乗る人もふえるわけですからね。そういう意味ではそういうことも腹の中に納めて、ぜひ交渉を強めていっていただきたいというふうに思いますので、よろしくお願いをいたします。

それから、さっき忘れたんです。高齢者の優遇措置の点で、忘れてしまいまして申しわけありませんが、お聞きいたします。

多賀城独自では東部線だけなんですが、ほかの宮城交通バスなんかも走っていますよね。それから、「ぐるりんこ」も走っているし「しおナビ」もかすめているということでは、全路線に対応するそういう免許返納者、まあ、80歳ぐらいの方が主だというふうに思うんです。そういう方々が返納したという思いにこたえていくということのためにね、バス代の料金の割引やあるいは無料にしてもいいし、タクシー代の割引制度、そんなことをぜひ考えていっていただきたいと思います。

塩釜署の交通課長さんが言っていましたけれども、確かに高齢者の事故がふえている。対応する警察の事故処理の方には、ああ、これで何点減点の免許取り上げなんていうことの指導だけではなくて、免許証返還した方がいいよというような人もたくさんいるそうなんです。それで、そういう方にはそういうアドバイスもしてあげるようにというお話をしていらっしゃいました。

でも、その人たちは取り上げられれば足がないということではね、大変自分たちのこれからの暮らしの質にもかかわってくるわけで、そういう意味ではその足がなくなることを大丈夫だよという保障する意味でもね、きちんと市で面倒を見るという立場に立つことが大事なのではないかというふうに思うんですが、改めて御答弁をお願いいたします。

それから、授業料の無償化ですね。国が来年ですか、22年のことしですか、から踏み出すということになっていますが、まあ、どうなるかわかりませんけれども、授業料だけ無償になっても部活やあるいは交通機関を利用することだとか、さまざまいろいろな出費がかさみます。それで、親の経済状況もあって、ことし……、去年ですかね、去年子供が高校を退学した、そういう状況で授業料を納められなくて、お金がなくて、もうさまざまな面で退学処分にされた子供が5人もいるそうでございます。退学処分という扱いを受けるという状況の中でですね、そういう子供たちを一人たりとも生んではいけないという立場にしっかり自治体として立つことが大事だというふうに思いますので、県とのやりとり、あるいは国とのやりとりの中で、ぜひ充実させていくようにお願いをしたいというふうに思います。この点については答弁は結構ですけれども、バス停の問題と高齢者の免許証を返納したときの優遇性の実現について、再度、もう一回御答弁をお願いいたします。

○議長(石橋源一)

市長の答弁を求めます。

○市長(菊地健次郎)

七ヶ浜町の「ぐるりんこ」に幾らか出せば済むことでしょうということで言われましたけれども、幾らか出せばすぐ変えていただけるのであれば、それで済むかもしれませんけれども、ちょっとその辺はですね、七ヶ浜町とお話し合いしてみたいというふうに思います。

ただですね、私が思うのに、佐藤惠子議員、これのことに関して何回か発言されておりますけれども、私は笠神の方々は、確かに歩行困難な方々とかなんかは、1分でも2分でも身近なところにという思いはわかりますけれども、多賀城市ぐらいですね、交通の利便性がいいところはそんなにないと私は思います、はっきり言いまして。これだけの 19.65平方キロしかないところにJRの駅が四つあるわけですし、もっともっと不便なところを考えたら、利便性で言う意味からいうと非常に快適性に富んでいる、そういうまちではないかなというふうに私は思います。

それから、2点目の関係でございますけれども、確かに高齢者の関係、先ほど佐藤議員からお話のとおり平成21年度 247件のうち96件が高齢者であるというのは非常に高い確率というか、高齢者が非常に交通弱者であることを物語っているのではないかなというふうに思います。

ただ、2市3町の高齢者への交通優遇措置。これを見てみますと、松島と七ヶ浜では、松島では町営バスの無料というのがあるんですね。それから、七ヶ浜町では運転経歴証明書発行日から1年間町民バスの運賃が半額というふうな措置がございます。そういうことも少し将来的には考えていかなくてはいけない時代になってきているのかなというふうな思いがいたしますので、少しいろいろな形で考えてみたいとは思います。今のところその程度にさせていただきたいと思います。よろしくお願いいたします。

○議長(石橋源一)

ここでお昼の休憩をいたしたいと思います。再開は午後1時であります。

午前11時48分 休憩


午後 1時00分 開議

○議長(石橋源一)

再開をいたします。

 10番藤原益栄議員の登壇を許します。

(10番 藤原益栄議員登壇)

○10番(藤原益栄議員)

通告に基づき質問をさせていただきます。

まず、質問の第1は、水道事業、水道料金の問題についてであります。

御存じのとおり、市長は昨年12月議会に、20ミリ口径、20立方メートル使用で月額 150円の料金引き下げ条例を提出いたしました。額はともあれ、まず料金引き下げに踏み切ったこと自体については評価をしたいと思います。

しかし、その金額はすこぶる小額でありまして、毎年2億円の黒字はどこにいったのかと疑問の声が出されております。私どもは、資本費平準化債を活用すれば、5年間で3億 5,000万円の資金を調達することができ、一般家庭の20ミリ口径、20立方メートル使用で月額 500円の引き下げができると修正案を提出いたしました。しかしながら、同僚議員の賛同を得ることはできず、同修正案は否決となり、市長提案の原案が可決されたわけであります。

私はこうした結果となったのは、水道事業資本費平準化債について市当局から誤った認識に基づく誤った説明がなされた結果であると考えております。そこで改めて本市の水道料金にかかわる水道事業資本費平準化債について、その認識をお尋ねいたします。

その一つは、総務省自治財政局公営企業経営企画室長通知の3資本費平準化債について、(1)対象事業の②企業債の元金償還額の額と減価償却費の額との差等により、経営上著しい影響が生じていること、または生ずる見込みであることを挙げて、そもそも本市の水道事業には、該当しないかのような説明がございました。しかし、5年間に発生する企業債の元金償還金の額と減価償却費の額との差は3億 5,000万円に達するものであり、その額は、これまでの利益ないし今後の利益で補てんすることになります。これは、経営上著しい影響であることは明白ではないでしょうか。しかも、総務省自治財政局公営企業経営企画室は、経営上著しい影響について特に計量的な基準はないとの見解をとっております。水道事業費資本費平準化債は、下水道の資本費平準化債同様、それぞれの自治体ないし経営体が使うと判断をすれば、それはほとんどそのまま認められるものだということを明確に御答弁いただきたいと思います。

水道事業資本費平準化債に関しての二つ目ですが、その償還期限は何年かという点であります。市当局は、水道施設の平均耐用年数は40年であり、企業債の返還期間は30年なので、平準化債の返済期間は10年であると説明し、それほど平準化されないとの資料を議会に提出をしてございます。確かに当局説明どおりであれば、資本費平準化債を活用してもさほど平準化されませんので、当局判断も妥当ということになります。

しかし、私どもは、昨年12月9日、塩川哲也衆議院議員の石川秘書を通じまして、総務省自治財政局公営企業経営企画室から、「20年で償還するか平準化債を活用して40年で償還するかについては、経営判断でしかない」との回答を得てございます。

私どもが水道当局からいただいた資料№5の企業債償還金(元金)と減価償却費のグラフによりますと、30年から35年の返済が妥当だと私は考えます。そうすれば、下水道特別会計同様きれいに元金償還額を平準化することができるわけであります。果たして水道事業資本費平準化債の償還年限は10年なのか、それとも40年以内で各自治体、経営体の経営判断なのか、明確にお答えいただきたいと思います。

水道問題の3点目は、水道事業資本費平準化債の発行と償還期限が事実上各経営体の経営判断に任されるのであるならば、企業の資金到達として使用すべきであって、この資金を活用し、さらなる引き下げ案を6月議会に提案をしていただき、10月から再引き下げをしていただきたいということであります。

市長は、資本費平準化債を活用しなくても資金は間に合うとお考えかもしれません。しかし、平成21年度末で8億 7,000万円の資金保有、平成26年度末で5億 7,000万円の資金保有見込みは、前回の料金改定で上げ過ぎた結果なのであって、上げ過ぎたために残っている資金を理由に、使える資金も使わず、全国39位という高い料金を市民に押しつける態度は、市民への慈悲のなさを浮き立たせるものであり、まともな企業経営とも言えないと私は思います。ぜひ6月議会に再引き下げ条例をお出しいただくよう強く求めまして、次のテーマに移ります。

次の質問は、多賀城跡の整備に関してであります。

平城遷都1300年、そして多賀城跡調査50周年の本年2月6日、本市は奈良市と友好都市の協定を結びました。折しもこの日は、多賀城で終焉を迎えました大伴家持が稲羽の国庁にて万葉集最後の歌を詠んだ日でもありまして、多賀城市民にとっては忘れられない日になるだろうと思います。

目指すはいよいよ2024年の多賀城創建1300年でありまして、それまでに(仮称)大路公園、南北大路、外郭南門、鴻池を整備しましょうと常々主張をしてまいりました。そして、大方この点は、市当局、議会ともに合意に達しつつあるようでありまして、大変うれしく思っております。

ところで、私は12月議会の一般質問で、県に多賀城跡整備を促進させる上で重要なことの一つとして、市としてやるべきことはさっさとやるということを提起いたしました。市として分担していることもしないで、ただただ県、県と言っても説得力がないと思っているからであります。多賀城跡ないし関連遺跡整備の中で、まず市の分担となっておりますのは、中央公園内の玉川岩切線以南の南北大路整備であります。

そこで、お聞きしますが、多賀城市整備分担分の南北大路整備のための発掘調査は、お済みでしょうか、まだなのでしょうか。もしお済みであるなら、早急に南北大路整備に取りかかるべきだと考えますが、明確なる答弁を求めるものであります。

多賀城跡整備に関する二つ目は、県にいかに調査と整備を促進していただくかという問題であります。これも既に本会議で話題になっておりますので、問題の所在は共通の認識になっていると思いますが、県が調査費、整備費ともに 800万円の域を出ないという問題であります。この問題について平成20年10月16日に行われた多賀城跡調査研究委員会で、文化庁の主任調査官が極めて重要な指摘をしてございます。

一つは、小野健吉主任文化財調査官の指摘でありまして、「年間整備予算が 750万円ということですが、これだけ大規模な遺跡でありながらこの予算は余りにも少ない」と述べてございます。禰宜田佳男文化財調査官は、「事務局の県の方々にお願いしたいのですが、保存活用整備事業の補助金がありますので、これを活用して研究者に対する情報発信だけでなく、一般の方々に対する情報発信をしていただきたいと思います。宮城県はこの補助金を使っていませんが、そうした例は全国的に見てもごく少数ですので、積極的な活用をお願いします」、このように指摘をしてございます。

以上から言えることは、県は文化庁の補助があるのにもかかわらず、使っていないのではないかということであります。もし 800万円の多賀城跡整備費が県の自主財源だけであるのならば、この県財源だけでも補助制度を活用すれば、2倍、4倍の事業にすることも可能と思われます。

本市は当事者であります。そして、14年後には創建1300年を迎えます。本市自身が文化庁の調査官が言っているその内容をつかみ、県に整備費の増額を求めていくことが必要と考えるわけであります。文化庁調査官の発言の内容が具体的に何を指しているのか、市当局としてはどのように把握をしているのか、明快なる答弁を求めるものであります。

質問の第3点は、多賀城創建1300年を目指してどのように国府所在地の自治体とつき合っていくのかという問題であります。

私ども日本共産党市議団は、ことしの1月20日、東京都府中市にお邪魔をしまして、武蔵国府跡の発掘調査状況を視察をして参りました。

動機は幾つかございます。一つは、栁原議員が視察後一般質問をしておりますが、一昨年、本市の東西大路整備の参考にしたいと考えまして、東京都の国分寺市内の復元された 400メートルの東山道武蔵路と武蔵国分寺跡を視察をいたしました。その際に、この先に武蔵国府跡があると説明を受けておりまして、ぜひその状況を知りたいと考えておりました。

二つ目ですが、昨年7月23日、武蔵国府跡が国の史跡に指定をされたことを知りまして、視察に選びました。

三つ目ですが、昨年10月24日の午後、府中市が呼びかけまして第1回「こくふロマン交流祭IN府中」が開催されまして、その状況も把握したいと考えて視察にお邪魔したわけであります。

府中市をお邪魔しましてまずびっくりしましたのは、考えている以上に調査が進んでいるということでありました。

府中市は、1975年に発掘体制を整え、東西 6.5キロメートル、南北 1.8キロメートル、5.55平方キロメートルを武蔵国府関連遺跡といたしまして、以来30年間に 1,200カ所を超す調査を行ってまいりました。その成果を「古代武蔵国府」というブックレット、こういうブックレットですが、そのブックレットの中で、「このように広域を対象とした網羅的な調査は全国にも例がなく、武蔵国府跡が提供する情報は古代国府研究で重要な位置を占めている」と総括をしております。

具体的には、国府跡、国司跡が発見されております。さらに、国分寺と国府跡は2キロほど離れておりまして、その西側を東山道武蔵路が走っておりますが、それとは別に武蔵路の東に両者を結ぶ道路も発見されておりまして、一部復元もされてございました。

さて、この府中市が提起をいたしまして、昨年10月24日の午後、第1回「こくふロマン交流祭IN府中」が開催をされました。府中市の報告書によりますと、この企画に賛同し、当日参加した自治体は18自治体に上るそうであります。

参考までに南から紹介いたしますと、薩摩の国の鹿児島県薩摩川内市、大隅の国の鹿児島県霧島市、周防の国の山口県防府市、備後の国の広島県府中市、志摩の国の三重県志摩市、但馬の国の兵庫県豊岡市、尾張の国の愛知県稲沢市、加賀の国の石川県小松市、飛騨の国の岐阜県高山市、遠江国の静岡県磐田市、甲斐の国の山梨県笛吹市、相模の国の神奈川県平塚市、上総の国の千葉県市原市、下総の国の千葉県市川市、上野の国の群馬県前橋市、常陸の国の茨城県石岡市、佐渡の国の新潟県佐渡市、武蔵の国の東京都府中市の18自治体であります。

これらの自治体が一堂に会しまして、「全国国府サミット共同宣言」を採択いたしました。まだ大丈夫なようなので紹介します。

全国国府サミット共同宣言

奈良平安時代、全国は60余りの国に区分され、国の中心として国府が設置されました。当時都と国府またそれぞれの国府と国府の間は幹線道路によって直接結ばれ、相互に人々の往来、物資の移動、情報の伝達が活発に行われていました。私たちのまちは、地方の都とも言うべき国府の所在地として、地域の政治、経済、文化の中心地としての役割を担うとともに、その後も独自に発展、成長を遂げ、輝かしい歴史を現在まで伝えてきました。私たちは、いにしえの武蔵国府の所在地である府中市に集い、新たなる連携と交流の輪の形成を目指し、協調の志を持ってともに発展することを期し、ここに次のとおり宣言します。

1.私たちは、国府の置かれたまちとして、原点となった国府の史跡と国府所在地としての歴史文化遺産を末永く後世に継承することに努めるとともに、地域の住民と行政の共同により、歴史と風格のある活気あるまちづくりを推進していきます。

1.私たちは、国府の歴史、伝統に由来する遺産を活用して、地域住民の郷土を愛する意識の醸成に努め、歴史的価値、文化的価値、観光的価値を国内外に向けて広く発信します。

1.私たちは、国府に由来する歴史的文化遺産を積極的に地域及び学校教育の資源として用い、次代を担う子供たちの育成に取り組みます。

1.私たちは、大路、国府と国府の間で結ばれた人、物、情報のネットワークを現代的視点から再構築して、新たなる連携の形成に着手をします。

平成21年10月24日

第1回全国国府サミットIN府中2009

以上が、共同宣言の内容であります。

そして、今後参加自治体の持ち回り開催を確認し、散会をいたしました。

この内容からいたしますと、本市が呼びかけてもよかったような会ではなかったかと私は思うわけであります。

いずれにしましても、古代の国府を抱える自治体が18自治体も集まって、第1回サミットを開催し、今後の持ち回り開催を確認したことはまことに画期的なことであります。

しかしながら、本市が参加をした形跡はありません。本市には打診がなかったのでしょうか。参加しなかったのはなぜでしょうか。理由をお尋ねいたします。

さらに、今後、本市としては、この国府サミットにどのように臨まれるおつもりでしょうか。

私は、2024年に創建1300年を迎える本市としては、第2回からは欠かさず参加をして、全国の国府を抱える自治体と交流を深めることが肝要と考えますが、市長の見解を求めるものであります。

通告の最後は、本市の今後10年の計画として保健福祉センターと新図書館建設構想を持っていただきたいという点であります。この問題は、本市が今後どういうまちを目指していくのか。いわば多賀城の目指すべき都市像をどう設定するのかにもかかわる問題であります。

これまで本市は、かなり都市基盤整備に勢力を注いでまいりました。伊藤市長は、汚水事業に熱心に取り組みましたが、86年、90年、94年と3度の大きな水害に見舞われまして、集中的に雨水対策に取り組まざるを得ませんでした。現在、一部未整備が残されておりますが、被害の大きかった地域についてはほぼ工事が完了しつつあります。また、この間、多賀城駅周辺開発は長年の課題でありましたが、仙石線高架事業は平成23年度に、区画整理事業も平成24年度には完了の予定であります。公共施設の耐震対策も橋梁関係はまだ残されておりますが、学校・保育所等は政府の景気対策も使いまして大所は終えようとしております。こうしてみますと今後は本格的に「保健福祉都市・歴史文化都市多賀城」を目指すべき時期ではないかというのが私の認識であります。

まず、保健福祉都市の側面でありますが、乳幼児医療費の無料化拡大や保育所待機児童の解消、学童保育のすし詰め状態の解消、国保税の独自減免などやっていただきたいことは多々ありますが、ハード面の整備として市役所近辺に保健福祉センターの整備を提起したいと思います。

今や本市は、塩竈市よりも人口で 5,000人多くなりまして、2市3町の中で事実上中心市と目されつつあるわけであります。その本市の住民健診で、市民がテントで待機しているというのは、まことに情けない事態だと私は思っております。かつて市長は、委員会での私の質問に対して、利府、松島町等の健康福祉センターを視察することを約束しておりますが、今後この課題は避けて通ることができない課題と考えております。市長の回答を求めるものであります。

次に、本格的に歴史文化都市を目指す上で、新図書館をその中核に位置づけ建設する問題であります。

本市が歴史文化都市を目指す上で、史跡の調査、整備を進め、全国に発信することは最重要課題であることは言うまでもありません。その点、多賀城創建1300年に向けて邁進していくということについては、ほぼ合意ができつつあるように思います。そして、それは、それほど多額の予算を要するとは思えません。外郭南門復元はぜひ実現しなければならない課題ですが、補助や起債を考えますと9億円を超える史跡のまちづくり基金で十分に間に合うと思います。その他の特別史跡内の整備は県の分担でありまして、この促進は文化庁の補助も十二分に活用していく必要があります。中央公園部分で、市が整備しなければならない部分は玉川岩切線から南でありますが、平成22年度に補助を活用して中央公園予算を1億円に引き上げたように、これも国の補助と起債を活用すれば、それほど大きな負担になるとは思えません。

そういう中で、今、最も多くの市民が活用している市の施設は図書館であります。御存じのとおり本市の図書館は、1978年6月に開館をし、2007年に30周年を迎えました。たびたび紹介しておりますように、昭和42年の仙塩大合併措置後、どういう多賀城を目指すのかが議論になり、歴史文化都市の象徴として建てられたものが図書館だったわけであります。今日多くの制約がありながらも、職員の努力により市民1人当たりの貸し出し数は県内上位でありまして、郷土資料の収集整理保管という点でも近隣自治体に比べますと充実しております。

しかし、6万 3,000人の図書館としては狭過ぎます。例えば、私どもが昨年視察しましたいわき総合図書館は、駅前の再開発ビルの4階と5階につくられておりましたが、床面積は 8,600平方メートル、新館開館時の蔵書数は39万冊、ゆくゆくは 100万冊を目指して頑張っております。

ことし私どもが視察をしました神奈川県高座郡寒川町は人口4万 8,000人でありますが、同町の総合図書館は平成18年の10月3日に開館をいたしましたが、床面積は4,707.14平方メートル、蔵書可能数は23万冊。現在の蔵書数は16万冊とのことでございました。寒川町総合図書館の特徴は、4階に 844平米の寒川文書館があることでありまして、行政刊行物だけで2万 9,765冊、約3万冊の資料を保管、公開をしてございます。

我々の図書館はどうか。床面積は1,541.22平方メートル、蔵書数19万 2,332冊であります。職員は頑張っておりますけれども、この狭さはいかんともしがたいものがございます。

先ほども申しましたように、本市が本格的な歴史文化都市を目指す上で、新図書館は中核施設に位置づけられなければならないと私は考えます。それは、図書館が市民の多様な知的興味や関心にこたえる施設であるという点で、また多賀城を知るための最大の拠点であるという点で、さらに利用者の多さにおいて、また無料であり貧富の差にかかわらずすべての利用者に公平に開かれているという点でも重要だと思います。

市長は、かねがね「多賀城は『史都』であると同時に『ポエムシティ』でもある」と言っておりますので、私の言わんとするところは理解をしていただけるものと確信をしておりますが、答弁を求めまして最初の質問とさせていただきます。

○議長(石橋源一)

市長の答弁を求めます。市長。

(市長 菊地健次郎登壇)

○市長(菊地健次郎)

藤原議員の御質問にお答えいたします。

最初の水道事業資本費平準化債については水道事業管理者から、そして2番目の多賀城跡の調査と整備の加速については教育長から答弁させますので、よろしくお願いいたします。

私からは、3番目の古代国府所在自治体との連携につきまして答弁いたします。

この国府サミットにつきましては、府中市の市制施行55周年の記念事業として府中市が国府の所在する全国68カ所の市町村に参加を呼びかけ、18市町村の参加のもとに、昨年の10月24、25日の両日に開催されました。

本市にも参加についての御案内がありましたが、案内状が届いたのが8月だったということもあり、大変興味はあったものの日程調整が整わず、残念ながら参加を見送ったという経緯がございます。

なお、国府サミットの開催につきましては、国府所在地の市町村が持ち回りで行うことが決定したようですが、今のところ次の開催地、開催時期ともに未定と聞き及んでおります。今後開催市等が決定いたしましたら、その趣旨や事業内容及び日程等をもとに検討してまいりたいと思っております。

なお、国分寺市長の星野市長は、全国史跡整備市町村協議会の副会長をやっていて、隣ということもございまして、星野市長からこの内容等について後でちょっとお聞きしてみたいなというふうに思っております。

次に、第五次多賀城市総合計画でございますけれども、この策定につきましては、さきに森議員にお答えしたとおり、現在基本構想、基本計画の策定作業を進めているところでございます。御質問の保健福祉センター及び新図書館の建設構想を第五次多賀城市総合計画に盛り込まれたいとのことですが、施設の建設等に関しては総合計画に定める実施計画において、その実施等を担保し、毎年評価等を行いながら進めていくことになります。

しかし、現時点においては、どちらの施設についても実施計画として定めるまでの検討が行われているとは言えません。ただし、今回の第五次多賀城市総合計画にあっては、今後5年、10年の間に取り組んでいく施策に優先度を設定し、当該優先度に基づく予算の重点配分を行っていくことを検討しております。よって、こうした施策優先度の設定の仕方やさまざまな施策の目標達成状況等に応じては、施策の成果をさらに高めていくための手段として、新たに保健福祉センターを建設するとか図書館を建てかえするといったことを実施計画として定める可能性もあると言えます。

このように第五次多賀城市総合計画については、これからの行政経営を進める上での戦略として位置づけ、施策に優先度を設けた選択と集中という考え方を明確化する計画とするべく策定作業を進めてまいりたいと思います。

松島と利府の保健福祉センター、私自身も行って確認はしてまいりました。以上でございます。

○議長(石橋源一)

水道事業管理者。

(水道事業管理者 板橋正晃登壇)

○水道事業管理者(板橋正晃)

最初の質問の水道事業資本費平準化債については、私からお答えいたします。

1点目の水道事業における資本費平準化債の発行の可否は、事務的に処理されるのかという問いでございますけれども、水道における資本費平準化債の可能額につきましては、建設改良のために発行した企業債の元金償還の額から減価償却の額を差し引いた額とされております。

また、資本費平準化債の協議または許可、申請の際には、次のいずれも満たしている事業が対象とされております。1番目は、供用開始をしていること。2番目は、私は大事だと思っているんですけれども、企業債の元金償還の額と減価償却との額の差により経営上著しく影響を生じていること、また見込みがあることという条件がございます。3番に、総括原価主義に基づき適正な料金を設定していることの3点が挙げられております。

このことから、企業債の発行に当たっては、申請者みずから判断することはもちろんでございますけれども、その発行の可否については知事が地方債同意基準にかんがみ判断することとなっておりますので、事務的に処理されるものかどうかについてはお答えできないものであります。

次に、資本費平準化債の償還期間についてですが、償還期限には耐用年数の範囲内との条件がございます。このことから、総合的には水道事業資産の平均耐用年数40年から起債償還年数30年を差し引いた10年が妥当であろうと判断し、平成21年第4回定例会において10年とお答えしてございます。

御質問にありました水道事業資本費平準化債の償還期間は、40年以内で企業の経営判断とするとの見解につきましては、償還期限とされる耐用年数の範囲内の解釈について、県を通して私どもも総務省の方に照会していたところ、昨日、夕方でございましたけれども、次のような見解が示されました。

各団体の資産の耐用年数の残存耐用年数の平均が、資本費平準化債の償還期限となるというものでございます。そのため償還期限については、各自治体ごとに、各団体ごとに異なるということでございます。ただし、最終的に償還期限を決めるのは市町村であるということでございます。

最後に、6月議会に料金の再引き下げ条例を提案されたいとのことでございますけれども、平成21年第4回定例会で水道料金の引き下げについて可決されております。議会において可決されたことの重みを認識しておりますので、水道事業管理者といたしましては、6月議会において水道料金の再引き下げをするという考えはございませんので、よろしくお願いいたします。

○議長(石橋源一)

教育長。

(教育委員会教育長 菊地昭吾登壇)

○教育委員会教育長(菊地昭吾)

多賀城跡の調査と整備の加速について、私の方からお答えを申し上げます。

1点目の中央公園部分の南北大路整備のための発掘調査は、既に終了していると理解してよろしいのかとの御質問でございますが、この調査は平成5年2月に中央公園の造成工事に先立つ緊急の確認調査として宮城県教育委員会と共同で実施したものでございます。このときの調査は、現在の玉川岩切線から東北本線までの延長約 135メートル、幅員30メートルを調査対象区間として、面積約 4,000平方メートルのうち 760平方メートル、約19%を実施したものであります。このときの調査において多賀城の朱雀大路ともいうべき南北大路を発見したことから、未調査部分につきましても今後全面発掘調査を実施していく予定でございます。

2点目の御質問は、平成20年度に開催されました多賀城跡調査研究委員会における文化庁調査官の発言内容についてでございますが、宮城県は特別史跡多賀城跡附寺跡の情報提供や活用を国庫補助メニューを用いてもっと積極的に実施をしてほしいという旨の発言がありましたことは事実でございます。この発言の趣旨につきましては、特別史跡多賀城跡附寺跡というのは、史跡の所在こそ多賀城市にありますが、その価値は宮城県や東北といった範囲にとどまらず、日本の歴史上大変重要な遺跡であることを自覚し、広く県民に対し周知するなど、宮城県としての役割を十分に果たしてほしいとの指摘だろうと思います。

この発言を受け、宮城県では財政が厳しいものの、平成22年度は多賀城跡調査50周年を迎えることから、当面することとして記念事業の開催等について関係機関と協議をしていくとの回答でありました。

この点につきましては、当市といたしましても多賀城跡をPRできる絶好の機会でありますので、県と役割分担を協議しながら記念事業の開催に向け取り組んでいかなければならないものと思いますが、特別史跡多賀城跡に対する県の認識、役割等に対して、今後とも多様の機会を通して強く理解を求めていきたいと考えております。

以上でございます。よろしくお願いします。

○議長(石橋源一)

10番藤原益栄議員。

○10番(藤原益栄議員)

まず、水道ですけれども、1点目。その元金の償還額と減価償却額との差額について事務的に処理されるのかということについては、それはわからない、そういう話でしたね。

質問の角度を変えますけれども、下水道の平準化債とどこが違うのかと。補正予算のときにはですね、下水道の担当者は、いわば事務的にと言いますか、計数上の間違い等がなければ、それはそのまま県で集計されてそのまま発行になるんだと、下水道の場合にはそういう答えを下水道課長がやっています。それで、下水道の平準化債とどこが違うのかということをね、違うところがあれば御説明をお願いをしたいというふうに思います。私は変わるところは全然ないのではないかと思うんですけれどもね。

二つ目ですが、返済期限は10年なのか、40年なのかということなんですけれども、結局いろいろさっきお答えがあったんですが、結局それは最終的に自治体の判断に任せられているということですね。だから、皆さん方がつくった元金償還のグラフがありましたよね。資料の6の中に出ているグラフですけれどもね。あれは今後の設備投資も加味したグラフです、あれはね。それがなおかつああいうふうに非常に極端な、向こう10年間が元金償還額が減価償却を飛び抜けていて、10年後からぐっと落ちていくということで、最終的には……、だから、何年にするかというのは自治体の判断だと。だから、いわゆる私どもが、塩川哲也議員の石川秘書が、国から説明を受けた中身でいいんだということですね。その点を確認したいと思います。そこの点がまずはっきりしないと3番目の議論はちょっと展開されないので、明確な答弁をお願いをしたいと思います。

それから、大きな2番目です。

まず、多賀城跡の調査の関係の(1)番目の方ですが、そうするとですね、玉川岩切線から南側の南北大路の整備のためにも改めて調査が必要だということになりますね。そうするとね、いわゆる議場では主に県がさっぱりやってくれないという話が主な議論になっていたんだけれども、本市自身がですよ、1300年を迎える本市自身がどういう手順で調査をいつまでに終えて、いつのころから整備に入ってくるのかということは、これはきちんと私はやはり示さないとまずいのではないかというふうに思うのですが、それについてはどういうふうにお考えなのかということです。

それから、(2)ですが、いわゆる文化庁の調査官から指摘があったのは、ざっくばらんに言うと、文化庁では史跡整備のいろいろなメニューを用意しているんだけれども、宮城県はそれを使わない珍しい県ですと。どうぞせっかく準備しているのですからお使いくださいと、まあ、そういう話ですね。平成20年の10月に主任調査官が言っているのはね。だから、やはり大事なことはね、どういう補助メニューがあって、なぜあえて宮城県が使わないのかというあたりをね、私は市としてもやはりきちんとわかっていてね、県に迫るということが大事だと思うんですよ。だから、その点で、いわゆる担当部署としてはその中身をですね、例えばこういうメニューがある、こういうメニューがあると。だけれども、使っていないんだと。そうすると 800万円の自主財源があったらね、 5,000万円の事業ができるとか、1億円できるとかというような話が私は言えると思うんですよ。その点でその中身をですね、教育委員会としてはどういうふうにつかんでいるのかということを改めて回答をいただきたいと思います。

三つ目です。1300年に向けて古代国府所在自治体とどう連携を進めていくのかと。

私はね、奈良との友好都市を控えていたということもあるし、日程的にも厳しかったというのは、いろいろ事情はそれはあると思うんですよ。あると思うんだけれども、全国の国府がある自治体が初めて一堂に会したわけですね、府中市の呼びかけによって。これはね、さっきも言ったんだけれども、私は画期的なことだったと思うんですよ。それでね、日程の都合がつかなかったというのは、市長のことなのか、だれのことなのか、よくわからないんだけれども、よその自治体の参加者を見ているとね、市長が参加したのは3人か4人ぐらいなんですよ、こういう報告書があるんだけれども。市長が出たのはね、山口県の防府の市長。それから、三重県の志摩の市長。志摩という市ができたんだね。それから、特別参加で国分寺の市長、それから府中の市長は当然主催者で出ています。それ以外に千葉県の市原の市長も出ています。ほかは文化財の課長とか、教育長だとか、後は備後の国、広島県の府中市は結局何か行政では何か対応できかねて商工会の振興課長が出ているんですよ。だから、私はね、市長は忙しかったかもしれないですよ。市長が忙しかったら副市長だっているじゃないですか。副市長がだめだったら総務部長だっているでしょう。総務部長がだめだったら市民経済部長だっていいじゃないですか。教育長が無理だったら副教育、こういうときのためにいるんだからね。副教育長がだめだったら文化財の課長でもいいんじゃないですか。みんなが都合悪くて行けなかったと私は思わないですよ。だから、私はやはり結局ね、何というかな、こちらの認識というか、構えというかね、ちょっと何というか、不正確なまま判断してしまったのではないかなという気がしているわけね。まあ、これは過ぎたことだからいいんだけれども、今後どうするかと。

私は、市長はもう少し前向きで熱意を持ってこれに参加してもいいのではないかと。全国史跡整備市町村協議会の会長である菊地市長、そして三大史跡の多賀城の市長が参加するということになればね、私は本当に大歓迎されると思いますし、一々ほかの自治体にね、いろいろ声かけて回らなくたってね、一カ所にみんな来てくれるわけだから、そのときにいろいろごあいさつしておけばね、私は今後いろいろな事業を展開する上でね、事はいい方にいい方に回っていくと。そういう点で検討するって……、多分実際はもう出るつもりでいるとは思うんだけれども、もう少し積極的な答弁をしてもいいのではないのかなというふうに思うんですけれども、回答をいただきたいと思います。

それから、四つ目の保健福祉センターと新図書館ですけれどもね、これは正式に提起したのは今回が初めてですからね。第五次多賀城市総合計画に書くか書かないかというのは別にして、向こう10年今後多賀城がどういうふうなまちを目指すのかということはね、やはり私は大いに今の時期に議論をするべきものだというふうに思いますので、これについては今からたびたび取り上げますので、まず今回は初めての提起だということで、4番目については回答は要りませんので、1から3について回答をお願いしたいと思います。

○議長(石橋源一)

水道事業管理者。

○水道事業管理者(板橋正晃)

資本費平準化債の発行手続について、下水道とどう違うのかという御質問だったと思いますけれども、発行するためにはですね、御承知のとおり協議ということでございます。我々はどこと協議するかというと宮城県と協議するわけでございますけれども、相手があるわけですから、私たちの方の判断だけではできませんというのは、県とのお話も聞いてそういう回答をいただいていますから、私はそう答えています、相手があることですからね。

もう一つは、なぜ下水道と違うのか。これは私の主観です。いや、私の主観で今お話ししたいと思うんですけれども、下水道は今までずっと年数を重ねてきていますから、今出してもすぐにそれは多賀城の事情をわかっているわけですから、私はすぐに事務的に採択になるものだと思っています。

ただ、水道の平準化債については、まだ宮城県では活用したところがないと聞いてございますので、やはり宮城県としては出されれば、それはいろいろな、さっき言った地方債の同意基準にかんがみ判断するということを言っているわけですから、県が言っているわけですから。そういうことで私はお話しさせていただいているものでございます。

2点目の10年でなくてやはり40年だろうというお話でございましたけれども、今、お話ししたようにですね、耐用年数というのがありますね。例えば30年なら30年の耐用年数があったやつで、それを15年も使ってきたということからすれば、残りの15年、これを全部積み重ねていった平均ですよというのが今回の示された案でございます。ですから、40年になるか、あるいは10年になるか、20年になるか、私はそれが上限だと思っております。それで、もしも発行する場合は経営判断ということになるのだと、このように解しております。

ただ、水道の耐用年数というのはまちまちでございます。例えば建物でコンクリートであれば60年とか、水道管であれば40年とか、あるいは電気設備とかというものであれば15年とか、一番少ないのではメーターなんですけれども、量水器ですけれども8年。実際減価償却するのは半分でございますから4年とか。そういうものも単純に足していって、残存をですよ。それで、割っていいのかどうかというのは、ちょっとその辺はもうちょっと詳しく調査しないとわからない部分でございますけれども、40年だから40年だったんでしょうという考え方は違うと私は思ってございます。

○議長(石橋源一)

教育長。

○教育委員会教育長(菊地昭吾)

2点目でございますが、多賀城跡調査研究所の会議の中身。小野調査官と禰宜田調査官の話でありますが、このそもそもの発端は第7次の5カ年計画、これは平成17年から平成21年まで城前地区から南門まで完成する計画だったんですね。それが、完成のところまでなかなか遅々として進まないということから発端が始まっております。

なお、藤原議員が、多賀城の玉川岩切線から東北本線まで市でやるべきことをやって、そしてアピールしてというふうなことは大変結構なことなんですが、先ほど申し上げましたけれども、19%というようなことで、これについては今後改めてただ発掘というふうな計画だけでなくてですね、事細かに決めなければならないというふうに思います。

それから、補助メニューですが、5点あります。こんな内容ですね。体験学習と開催事業、埋蔵文化財広報資料作成等事業、埋蔵文化財の保存活用のための整理等事業、埋蔵文化財センター設備整備事業、この5点がこの補助メニューとなっておりますので、この点については文化財の方では随分県の方でも把握しておるんですが、重々知っております。ただ、現状は先ほど指摘されたとおりでありますので、今後ともさらに働きかけていきたいというふうに思います。以上であります。

○議長(石橋源一)

市長。

○市長(菊地健次郎)

もう少し丁寧につき合うべきだという話がございましたけれども、この案内状が届いたのが8月ということもありまして、一応担当の方に調査はさせたわけでございますけれども、ペーパー1枚だけで案内状……、はい、どうぞというような状況で、余り行くのは芳しくないのではないかというふうなこともちょっとございました。

それと日程的にも私自身が東北市長会がその24日までだったかな、金、土曜日とありましたので、それと25日が知事選挙ですか、日程的に非常に大変な時期だったと。10月はいずれにしてもいろいろなところに行く機会が多過ぎたので、その辺がちゅうちょの材料だったというふうなことは否めない事実だというふうに思っております。もう一度そういう機会がございましたらば、ぜひ私自身も興味はありますので、私が行けない場合には副市長をやるとかなんか考えてみたいというふうに思っております。以上です。

○議長(石橋源一)

10番藤原益栄議員。

○10番(藤原益栄議員)

時間もあれなので水道の問題についてだけ再々質問させていただきます。

結局ですね、下水道とどう違うのかというのは、何ら答えがないんですよ、結局は。だから、使う気がないから県とまじめな相談をしていないのであってね、私は相談すればね、同じだということにならざるを得ないと思いますよ、これは。だから、私はね、下水道で使ってあれだけ助かっているのにね、やはりなぜ使おうとしないのかね、それがやはり疑問です。主観でなくてね、管理者の主観ではなくて、もう少し平準化債というものがどういうものなのかということを正確に私は県なり国ともう少し詰めていただきたいなというふうに思うんです。下水道と違う、どこが違うかって、それは相手があるんだと。相手があるから何とも言えないという話だけでしょう。全然答弁になっていないですよ、これは。

それから、二つ目ね。私は10年が妥当だって管理者はおっしゃいましたよね、10年。それで、私、ここにね、決算資料の各年度の元金償還額の一覧表を持っています。一番古いのはね、昭和62年に発行したやつなんですよ、ことし返済しているやつね。それから、一番新しいのはね、平成20年に発行したやつも入っているんですよ、返済ね。だからね、要するに私は何を言いたいかというとね、水道の耐用年数の平均は40年で、水道の元金償還の平均が30年だから、残りの10年が平準化債の償還年限なんだという解釈がそもそも間違いなんだということなんですよ、私が言いたいのは。

いいですか。平成20年度に起債を発行したやつだって、企業債を発行したやつだってもう返済が始まっているんですよ。確かに昭和62年のもあるけれども。そしたらね、10年というのはどこからも出てこないですよ。どんなに逆立ちしたって、その平準化債の年限は10年だというのは出てこないんです、これは。

だから、少なくともですよ、あの12月議会で説明した10年が妥当だというのはね、誤りだったとね、数学的に言うと、算数的に言うと。私はそれはちょっと……、では、20年か、何十年かといったらまた議論はあるけれどもね。少なくとも10年というのはね、認識違いだったということはね、私はここではっきりさせていただきたいと思うんですけれども。

○議長(石橋源一)

水道事業管理者。

○水道事業管理者(板橋正晃)

もっと国、県と協議しなさいというお話でございますが、私、事務的にというのは、先ほど言ったように、私の主観ではありません。主観は後の方のことを言ったわけで、前段は相手があるわけですから、協議ですから。宮城県がこのように言っていますと。地方債の同意基準にかんがみ判断させていただきますと言っていますということを私は言っているんですよ。私の判断ではないんですよ。県が言っていますから、私はそういうふうに私から出せば通るというふうにはお答えできませんという回答をさせていただいたものです。

12月にお話ししたのは、今おっしゃるように40年の30年引いて10年が妥当であろうということでお話しさせていただきました。ただし、先ほどお話ししましたように、これについても期間をどういう見方をするのか、藤原議員が常々言っている40年という期間も示されているわけですから、こういう見方でいいのかどうか国に問い合わせして、その結果きのうちょっと来ましたというお話をさせていただきまして、それは耐用年数の残存、これは一つ一つの項目になるんだと思っていますけれども、それの平均で見ますよということで国から回答が来ましたので、40年から30年引いて10年と単純的にそう私は12月に説明しましたけれども、これは考え方は新たにしなければならないものだと思っています。

○議長(石橋源一)

はい、ここで休憩をいたしたいと思います。再開は2時10分。

午後2時00分 休憩


午後2時10分 開議

○議長(石橋源一)

再開をいたします。

 5番米澤まき子議員の登壇を許します。米澤議員。

(5番 米澤まき子議員登壇)

○5番(米澤まき子議員)

私からは、緊急時火災等による消火栓等の市民の活用について質問させていただきます。

地震災害で最も重要なのは初期消火であることは言うまでもなく、消防団員の不足を耳にする昨今、地域住民による自衛消防を組織し、緊急事態に備える必要性を感じております。特に28日の件があり、強く思うところがありました。毎年実施されている防災訓練、マニュアルどおりにはなかなかいきません。まして28日の日曜日にもかかわらずいろいろな場面にも遭遇いたしました。平日でしたらどうでしょう。災害は何どきやってくるかわかりません。

今回の私の質問状に消火栓接続と消火用具の取り扱いについて述べております。実際に消火栓取り扱い訓練を行っている京丹後市の自治会があります。訓練に参加された地域の方々は、日ごろ消火栓などは消防の方だけが使用するものだと思っていたという方も多く、火災が起きたときに自分たちが初期消火できるものだと全く知らなかったという、特に若いお母さんたちが積極的に質問や訓練に参加されていたそうです。

消火栓について概要説明後、実際に放水までの動作を、そして地域の方々に訓練していただき、一連の動作を確認した後、放水訓練なども行われたそうです。早朝にもかかわらず多くの住民の方々が参加され、防災意識の高さをうかがうことができたそうです。消火栓接続と消火用用具の取り扱いについて、使用資格の取得及び訓練等を地区住民ができるようになれば、効率よい消火が可能となります。

安全に対しての取り組みには終わりはないと思います。そして、安全という言葉には最低の知識が必要とされます。地震災害から身を守るための最低の知識を得る繰り返し行われる訓練こそが今必要とされているのではないでしょうか。今後の消防活動に関して伺います。私から最初の質問は終わります。

○議長(石橋源一)

市長の答弁を求めます。市長。

(市長 菊地健次郎登壇)

○市長(菊地健次郎)

米澤議員の質問にお答え申し上げます。

緊急の火災時の消火栓等の市民の活用についてでございますけれども、地震による火災発生時に初期消火活動が最も有効であることは御指摘のとおりでございます。

本市では、地域防災力を高めるため、自主防災組織への支援を行っておりますが、消火栓を利用した消火活動につきましては、高度な訓練により消火技術を取得した消防署員及び消防団員が防火衣等を着装し、身の安全を確保した上で消火活動を実施しております。地域の方々による消火栓を利用した消火活動につきましては、全国の一部地域で自主防災組織が取り扱い訓練を行い、火災発生に備えているところもあるようですが、塩釜消防事務組合消防本部では、重大な事故につながること及び消防署、消防団の消火活動に支障を来すことが想定されるとのことでございますので、地域の皆様には災害発生時においては自分の身の安全や地域住民の的確な避難確保等に御尽力をいただきたいと思います。

なお、消火器の正しい取り扱いにつきましては、多賀城消防署に照会していただければ、御指導いたします。以上でございます。

○議長(石橋源一)

5番米澤まき子議員。

○5番(米澤まき子議員)

28日に避難等などの勧告、そして指示がありまして、私の地区の方は集会所の方に皆さん集まっていただきました。その中で、せっかくこのように集まったのだからということでいろいろな意見を出し合いながらお話し合いもしました。そして、長い時間のあれでしたから、自主的に後は帰られた住民の方がありました。その後で役員の方のみで集まって、そして皆さんと一緒に今何が必要なのか、年に1回の防災訓練で、では何が足りないのかということをいろいろ話し合いがありました。

その中で、やはりこの消火栓。なぜならば、いわゆるこれを、今回私が質問した内容について強く切望された方が、30年前でしょうかね、県民の森で火災がありました。その際にその中で作業をしていた方なんです。それで、夢中になって作業していたものですから、その中で上から火の粉というか、燃えたかすが落ちてきた段階で、そこで初めて周りで火災が起きているというのに気づいたそうです。そのときに命からがら逃げてきたときに、このままおれは死ぬんだなと思った。それで、煙ががーっとなって見えない、先が見えない、一瞬とまって見ると先がちょっと見えたので、車なんですけれども、タイヤの後ろの泥よけも火がついた、ほろも全部火がついた状態で、そこからとにかく従業員と一緒に車を押して、もう本当に逃げて帰ってきた。そういう状態をおれは経験していると。もし地震とかそういった火災のときに、分団とか常時消防だけで、例えばそういう火災が起きたときに、うちの方にまで間に合うのかと。おれはそういった経験をしているから、その火災に遭う、自分のその経験をしたからこそ皆さんを助けたい、だったら初期の段階で何か自分たちでできないものかということから、おれは強くそれを要望したいということを言われました。

それで、その間に、28日にみんなでそういうふうにいろいろな意見があったときに、皆さんの中で、やはり自分たちが、では何ができるだろうかとすごく皆さんでいろいろ話し合ったときに、では、逆に今から防災の中で、今まで婦人防火クラブでも消火器の扱い方とかいろいろなことをやっていました。いろいろなことを習得していました、私たちも。でも、実際に本当に命からがらとなったとき、では、何が私たちにできるかと。常日ごろからのそういった防災化によってそういった講習メニューとかもいろいろそうやって織り込んだ形で、その消火栓の使い方とか、自治体でやっているところもあるので、そういったものに取り組んでいただきたいなとは思うんですが、その辺についてはいかがでしょう、伺いたいと思います。

○議長(石橋源一)

市長。

○市長(菊地健次郎)

これは、なかなか消火栓の使用というのは、結構難しいというふうに聞いています。かなり手なれた方がやらないと水圧が強くて二、三十メートルぐらい上がると、あけた途端にですね。そうすると重大な事故につながる可能性もあるということですので、大変危険な要素があるということで、質問の中で女性もという話を米澤議員はおっしゃいましたけれども、ちょっと難しいのではないかなというふうに思います。

総務部長から私のお話にプラスすることがあれば、ちょっとつけ加えていただきたいと思います。

○議長(石橋源一)

総務部長。

○総務部長(澁谷大司)

ただいま議員の方からいろいろ災害に遭遇した話などからこの質問をされたいうことでございますけれども、もしそういうことでありましたならば、なおさらのことその方がですね、そんなに年齢がいっていないとするならば、逆に消防団に入っていただいて、その辺の技術を習得していただいて、そういうことができるようにしていただくような人をふやしていくことが、結果としては地域を守るというふうになってくると思います。

それから、消火栓というのはですね、先ほどもちょっと市長がお話ししましたけれども、水圧がやはりかかっているものですから、圧が高いものですから、万が一それを間違ってやった場合というのは大けがのもとになります。ですから、それはきちっと訓練をしないと危険なものですので、その辺はやはり消防団とか消防署員の方でないとなかなか今のところは難しいのかなと思っておりました。

なお、女性の消防団というお話もありますけれども、それは地域によって女性の消防団という方も中にはおりますけれども、多賀城市内の地域性から見て、まだ女性の消防団については、ちょっと今まだ筒先を持ったような部分での消防団というのは特には考えておりませんけれども、平成20年の火災件数とか被害損害額がやはり過去最低の 100万を下回ったということがあったものでしたから、もしやるとするならばですけれども、やはり専従的に啓発活動などをやっていただくような団員的なものもあっては決しておかしくないのかなとは思っております。特に交通安全教室などでやっている場合ですね、女性の教育班というのがございますけれども、それと同じような考え方を持っても決して悪くないのかなと思ってございます。それで、やはり地域に出向いたり、もしくは学校、幼稚園、そういうものを主体にですね、啓発活動をやって、少しでも火災件数などを少なくするというような活動というのを、やはり専従的にやっていただく人も必要なのかなとは思ってございますけれども、やはり筒先を持って動くような女性消防団というのはちょっと今のところはまだ考えておりません。以上でございます。

○議長(石橋源一)

5番米澤まき子議員。

○5番(米澤まき子議員)

消防団員の条例定数というのは本市の場合 250名とは伺っていて、現在は 200名弱まだ切っていますよね。私なりにも近隣の方にはいろいろPRしながら活動にどうぞということで啓発活動もやっております。

それで、今、私が例に挙げた方というのは、ちょっと年齢的にも大分お年を召した方なので消防団とはいきませんけれども、ただ今後の、いわゆる目標とする一つのね、いわゆる消防団が今少ないのであれば、地域力、皆さんの力ももちろん必要とされる。では、婦人防火クラブの皆さんにももっともっと何かの方で参加していただくという形ももっともっと私は今後提案していこうかなと思っておりますので、その辺よろしくお願いいたします。私は以上です。

○議長(石橋源一)

 次に、8番雨森修一議員の登壇を許します。雨森議員。

(8番 雨森修一議員登壇)

○8番(雨森修一議員)

通告に基づきまして2点の質問をいたします。

質問第1は、樋の口橋の車道路面、滑りどめ舗装、補修についてであります。

平成10年12月22日、長らく人々に親しまれてきた旧「樋の口橋」の名称を変えて、大規模な架橋であることから、「樋の口大橋」として命名し、今日に至っております。昭和56年7月13日付で市道として区域決定及び供用開始の告示が行われ、今日に至っているのであります。

さて、この樋の口大橋の由来につきましては、市道新田高崎線の原型となったのは、それぞれ江中橋というんですかね、及び福田道であり、いずれも安永2年、1773年から8年の歳月を費やして編さんされた「安永風土記」という、まあ、昔の話ですが、に国分原町(現在の仙台市宮城野区)・から塩釜に通じる中心的な道路であったと記述されています。地名が高崎字樋口、通水の糸の口だったというのが地名の由来であります。

この樋の口大橋の幅員14.5メートル、長さは 337メートル、三陸自動車道、仙台臨海鉄道、砂押川をも同時にまたぐ巨大な高架構造の大橋、総事業費は35億 3,100万円、事業年度は平成3年設計委託に始まり平成10年12月、7年間の歳月を費やして完成された大橋、多賀城の新名所として誇れる樋の口橋だと思います。

また、樋の口橋のデザインについてちょっと触れてみますが、古来から未来へのかけ橋として、自然環境や歴史的雰囲気との調和を尊重し、全体的にシンプルで穏やかなデザインを基調としている。親柱と照明灯は多賀城廃寺三重塔の建築的要素をデザイン化し、歴史の歩みと未来に向けての躍動をあらわしているといろいろあるわけですが、このようにして現在の大橋が生まれたわけでございます。

開通して十数年経過した今日、自動車の交通量が増加いたしまして、平成20年11月に一日の調査を行った結果、車両数は約 8,750台というふうに聞いております。積雪、凍結の際に事故防止のために滑りどめの舗装が取り入れられている効果が低下しつつあり、大事故につながることと考えられます。利用者の一部の人たちから、再度防止策を講じてほしいという問い合わせがありました。安心・安全なまちづくり、市長のお考えをお伺いいたします。

第2点でありますが、友好都市の問題について。

本年2月6日、多賀城市と奈良市の両市の友好都市協定の調印式が行われ、まことにおめでたいことであります。御苦労に対して感謝申し上げます。

市長は、多賀城市と奈良市の友好都市の締結を通して何か奈良との温度差を感じられたのではなかろうかなというふうに私は感じるところであります。

というのは、ここでちょっと申し上げますと、奈良市の友好姉妹都市についてちょっと紹介申し上げますが、外国として大韓民国の慶州市、スペインのトレド市ですね。中国の西安市、ここは人口は 742万です。フランスのベルサイユ市、パリの国際的観光のまちでございます。そしてまた、オーストラリアのキャンベラ市。国内におきましては、福島県の郡山市、そしてまた小浜市ですね。これは福井県でございます。三政庁の一つ、太宰府。それから大分県の宇佐市。今度奈良とのお約束ができました三政庁東の守り多賀城でございます。そしてまた、奈良の方ではことしの5月ですね、中国の揚州市、友好都市調印式計画。これは奈良の東大寺関係で鑑仁和上というお坊さんですが、その方の出身地である揚州市ですね。そことも今度姉妹都市を提携される。

このようにして非常に幅の広い、そしてまた諸外国からですね、奈良との友好をしてほしいというような声もどんどん奈良の方にも参っているようでありますが、踏まえて多賀城市もですね、その市に負けないようにですね、多賀城と奈良独特のですね、やはり交流を、同じパターン化ではなしにですね、何としてでも多賀城と奈良はですね、とにかくしっかりとした考え方とか、それからまた交流をですね、独自性のものを出していただきたい、そのように考える次第でございます。御回答をお願いいたします。

○議長(石橋源一)

市長の答弁を求めます。市長。

(市長 菊地健次郎登壇)

○市長(菊地健次郎)

雨森議員の質問にお答えいたします。

樋の口大橋は供用から10年以上が経過しているため、御指摘のとおり滑りどめ舗装が部分的に磨耗しております。しかし、滑りどめの効果はまだ維持されている状況ですので、路面状況の監視を続けながら、緊急を要するような部分を中心に補修を行ってまいります。また、大規模な修繕は橋梁の長寿命化計画の中で検討してまいりたいと考えております。なお、積雪、凍結に対しましては、樋の口大橋は一番最初にパトロール等の対処をする箇所の一つになっておりますので、御理解をお願いしたいと思います。

次に、奈良市との友好都市についての御質問ですが、去る2月6日、奈良市のなら 100年会館におきまして、本市と奈良市との間で友好都市提携に関する協定書を締結いたしました。市民訪問団や議員の皆様など50名を超える多賀城市関係者同席のもと、平城遷都から1300年の時を超えて両市が新たな友好の契りを結べましたことに、皆様と感動を分かち合ったところでございます。

友好都市に関しましては、締結することが目的ではなく、それをいかに今後のまちづくりに生かしていくかが肝要であると私は常々考えているところでございます。奈良市長も締結式のごあいさつの中で、「これから両市がアイデアを出し合い、歴史を生かした、しかも次世代につながる未来指向の交流を深めてまいりたい」とおっしゃっておりますが、奈良市とは今後市民間の相互交流や産業交流、観光の振興に関する相互協力など協定を交わした6項目の事業を推進しながら、友好都市の実を上げてまいりたいと思います。

具体的には、早速ですが、友好都市を締結した翌週の2月8日からの3日間、御存じかと思いますけれども、本市の全部の小中学校に奈良市の給食献立と同じメニューを提供いたしました。このことによって児童生徒は多賀城市が奈良市と友好都市を締結したことや古代の交流の歴史を学ぶことができましたが、今後もこうした活動を通じて本市と奈良市との歴史的な関係性を伝えながら、市民の皆様がさらに多賀城に対する誇りや愛着を持つことができるようにしていきたいと思います。

また、奈良市では、平城遷都1300年祭が開催中であり、世界じゅうから観光客や歴史都市の関係者が多数奈良を訪問する予定ですので、こうした機会をとらえて多賀城市の情報を積極的に発信してまいりたいと思います。さらに、ことしは、特別史跡多賀城跡調査50周年に当たり、本市を初め東北歴史博物館においても記念事業が開催されることから、東北歴史博物館とも協力しながら、奈良市はもとより太宰府市、天童市からもたくさんの方々に本市を訪れていただき、相互交流が図られるよう検討を行ってまいりたいと考えております。以上でございます。

○議長(石橋源一)

8番雨森修一議員。

○8番(雨森修一議員)

きめ細かく説明いただきましてありがとうございました。

樋の口橋の件ですが、これは思い起こせば、完成される年月の間にですね、滑りどめという防止策というのは、私、お名前は言いませんが、担当課長にですね、非常にお願いし、行政にも訴えたわけでございます。なかなか最初は受け入れられなかったんですね。しかし、勾配が5%という、そしてまた下が砂押川と、そういう関係もございまして、凍結しやすいということで、行政側も真剣に取り組んでいただいて、北海道からあちらこちらのデータをとりながら、ああいう結果になった。非常に私はそれは感謝しております。

それで、参考までにお尋ねしますが、現在、ああいった滑りどめというものを再度、一からですね、やり直した場合にどれぐらいの費用がかかるのか。およそ私もちょっとは聞いておるんですけれどもね、だけれども、どれぐらいかかるのか、私の計算と行政側で大きな差があっては困りますので、ゼロが一つ違うとかですね。それで、やはりスピンですか、その方の運転の仕方の問題もあるんですけれども、何か一瞬大変驚いたとかですね、まあ、いろいろと状況はあります。どんな道路でもそうですがね。そういうことですから、今市長がおっしゃいましたように、部分的に危ないところは補修していただくということはもう大いにありがたいことだと思います。年がら年じゅう冬ではございませんのでね、また来年に向けてですね、早目に直していただければ、本当に安心・安全のまち。それからまた、ああいう橋はですね、恐らく全国ないと思うんですよね。これ、夜なんか拝見しますとね、すばらしい光景です、夜景です。大いに、もう県下にも全国にも誇れるような私は橋だなというふうに買い物の行き帰りに見ております。そういうことで、ぜひ事故のないような橋に、再度また復元していただきたいと、そのように考えます。

それから、奈良の問題ですね。市長がおっしゃったように、いろいろな角度からこれから交流を深めていく、非常に理解できました。

ただ、極端に言うと天童と奈良とですね、天童は将棋のまちであるから、子供たちが将棋を通して交流する地域の独自性というんですかね、そういったものを生かしていく。子供たちが将棋をですね、多賀城にあるいは天童に行くと。そして、子供たちの交流がそういった時点からも始まっていくような、やはり目線をぐっと下げていくと子供はまた成長していくわけです。大人はだんだんとね、老化していくわけですが。

そういうことで、小中学校の子供たちがですね、文書のやりとりとか、それからまた絵をかいたり、春夏秋冬のそういった風景とか、声とか、そういうものの交流をですね、ぜひ図っていただき、各校ですね、持ち回りでも結構でございます。そういうことを少しずつやっていけば、私はおのずから子供たちが奈良とは何だ、太宰府とは何だと、天童は何だということですね、近いところなら行けるんですが、なかなか奈良まで行けとかね、太宰府まで行けと言っても金がかかっていけません。ですから、一定の方は交流するんだけれども、数万の市民の方はなかなかそこまでいかないというのが現状でございます。ぜひそういったことも考えながらですね、ひとつ再度御答弁願います。

○議長(石橋源一)

市長。

○市長(菊地健次郎)

雨森議員の再質問にお答え申し上げます。

まず、樋の口橋の方は後で建設部長から細かいところ、どのぐらいかかるかという問題ですね、答弁させたいと思います。

奈良との関係でございますけれども、先ほど言ったように給食の問題がございました。給食を食べながら、恐らく小学生なんかだと「奈良ってどこにあるの」なんていうようなことでですね、あるいは地図を見る子供もいるでしょうし、「ああ、こんな遠いところなのか」あるいは「歴史上こういうところだったのか」ということで、中学生あたりは奈良に対する思いというのが出てくるのではないかなというふうに思います。

きのうはきのうで、多賀城高校の卒業式がございましたけれども、修学旅行で京都あたりに行っている、あるいは恐らく班を分けて行っているのかと思うんですけれども、沖縄に行っている修学旅行もありました。できれば今度は奈良に行っていただくとかね、あるいは多賀城も今度多賀城駅前の整備がだんだんと整ってきて、連続立体交差事業も終わりに差しかかってきたわけでございますけれども、奈良あるいは太宰府それから天童、どれをとっても非常に物産の多い市でございますから、そういう友好都市のコーナーみたいなものを駅前につくるか、あるいはどこにつくるか、これから検討しなくてはいけないわけでございますけれども、四季折々のものが各3市から恐らく持ってこれるのではないかと。その分多賀城市でつくったものも向こうで売っていただくみたいな交流も恐らくこれから実現できるのではないかなということで、いろいろな意味で、例えばお祭りなんかでもですね、奈良は奈良の本当に何十年あるいは何百年という歴史の中でのお祭りのやり方があるでしょうから、そういうふうなものを検証して、多賀城に取り入れられるものもあるでしょうから、そんな交流もやってみたい。当然小中学生との2年か3年に一遍は交流があるとか、いろいろな形でこれから楽しみがふえていくんじゃないのかなというふうに思います。そういうことをぜひ模索していきたいというふうに思っております。

私からは以上でございます。

○議長(石橋源一)

建設部長。

○建設部長(兼)下水道部長(佐藤正雄)

樋の口橋の滑りどめの補修関係でございますけれども、滑りどめにつきましては、勾配が3%から5%、この部分をやりたいということで、面積にしまして約 2,620平米、延長で 421.5メートルでございます。修繕費用につきましては、概算ですけれども 2,200万円ほどを見込んでございます。以上です。

○議長(石橋源一)

8番雨森修一議員。

○8番(雨森修一議員)

ありがとうございました。

なかなか修繕といいましても 2,200万円と大金でございますが、人の命にはかえられませんので、よろしくお願い申し上げます。

それから、今、市長、簡単にですね、奈良についての御説明非常にありがとうございます。まさしくおっしゃるとおりでございまして、私も奈良との特に多賀城との何か共通点、そういうものもですね、深く入ってみてね、そうして小さく育てて、小さいときから種をまいて大きく育てていくと。最初から一遍に大きくというのはなかなか難しゅうございますのでね、きょうからあすから多賀城の歴史をつくっていくんだということで取り組んでいただければ幸いかと思います。

これで最後、質問は終わりなんですけれども、私も視察に参りましたときに、奈良の貴族のお膳の中ですね、当時の膳の一品としてアワビとホヤのあえものが一皿ありました、どうぞ見てきてください。あるんです。私もびっくりしましてね、なぜあの当時食べていたのかと。それはやはり恐らく砂金を運んだ際に塩漬けにして持っていったものではなかろうかなというふうに私は考えておるんですが、関西人はホヤなんか食べませんが、奈良では食べておったということでありました。非常にやはり奈良とですね、こちらの関係は深いんだろうということを感じた次第であります。長岡京にはホヤとかありません、お膳にも。やはり奈良は格が違うといいますかね。ということで、膳の物の数も違いますし、いずれにいたしましてもそういったものもありましたので、私もびっくりしたわけでございます。今後、より一層の交流をしていただきますようにお願いをしまして終わります。ありがとうございました。

○議長(石橋源一)

 9番板橋惠一議員の登壇を許します。

(9番 板橋惠一議員登壇)

○9番(板橋惠一議員)

通告に基づき、2点について質問をさせていただきます。

第1点は、JR仙石線多賀城駅周辺で進む高架化事業、区画整理事業、再開発事業の現況について。

宮城県の商圏によれば、宮城野区、多賀城市、塩竈市、七ヶ浜町、松島町の1区2市2町で構成される多賀城市商圏、商圏人口約34万 2,000人、吸引人口約7万 2,000人です。宮城県商業統計調査の卸売業を含めた年間商品販売額は、02年度で 1,091億 6,000万円、売り場面積は8万 1,000平方メートル、また07年の年間商品販売額は 977億 7,000万円、売り場面積は9万 1,000平方メートルと販売額は 113億 9,000万円減少し、売り場面積は逆に増加していることから、客単価の減少など商業環境が厳しさを増していることがうかがえます。多賀城駅周辺では、現在宮城県による仙石線多賀城地区連続立体交差事業、当市による多賀城駅周辺土地区画整理事業と多賀城駅北開発株式会社による多賀城駅北地区第1種市街地再開発事業の3事業が中心市街地活性化の三種の神器として三位一体で行われております。

仙石線多賀城地区連続立体交差事業は、東田中二丁目のロジュマン多賀城付近から伝上山三丁目の多賀城小学校付近までの約 1.8キロメートルを高架化するものです。商業面で期待されているのが、新たに誕生する高架化の有効活用、同事業により空頭 3.2メートル以上の高架下約1万 4,300平方メートルが生まれます。新駅舎の業務施設面積と交差道路面積を除くと約 9,900平方メートル。このうち公租公課相当額で多賀城市が使える面積は、15%の約 1,487平方メートルを除くと約 8,400平方メートルの広大な高架下を多賀城市が賃貸するお考えはないのでしょうか。

次に、駅北側の約 8.2ヘクタールで進んでいる多賀城駅周辺土地区画整理事業は、駅北側で整備が進む都市計画道路、多賀城駅北線沿いには、地権者の移転店舗を中心に新しい店が営業しており、にぎやかになってきております。しかし、その近くには空き地が大分目立ちます。今後どのようにその空き地を処分されるのですか。

次に、多賀城駅北地区市街地再開発事業は、08年3月に都市計画決定と同時に事業主体として多賀城駅北開発株式会社が設立されました。同事業は、駅北側の 0.7ヘクタールに駅前広場を挟んで西側にA棟、東側にB棟の計2棟の複合ビルを建設するもので、A棟は10年度着工、12年度竣工、B棟は12年度着工、14年度竣工を目指しております。再開発ビルは、基本設計終了後に特定業務代行者決定、施工認可、実施設計、権利変換計画認可、着工という段取りになっているようです。

そこでお伺いいたします。

(1)仙石線多賀城地区連続立体交差事業の高架化の現在の進捗状況と高架下の活用について伺います。

(2)多賀城駅周辺土地区画整理事業の進捗状況と公有地の今後についてお伺いします。

(3)多賀城駅北地区第1種市街地再開発事業の進捗状況についてお伺いいたします。

次に、2点目は、(仮称)多賀城インターチェンジの早期整備について。

三陸縦貫自動車道は昭和58年12月に都市計画決定され、12年前の平成9年3月27日に暫定2車線で開通いたしましたが、残念ながら(仮称)多賀城インターチェンジは、用地買収まで行われたにもかかわらず、アクセス道路が未整備であることと文化財の発掘の関係があり、まだ整備がされていません。

多賀城市においてはインターチェンジのアクセス道路となる都市計画道路玉川岩切線が平成21年7月30日に供用開始しました。しかし、現状では肝心なインターチェンジの工事着手の兆しがありません。このままでは仙台都市圏環状自動車専用道路ネットワークの中で唯一の未整備インターチェンジとなります。通過地点として取り残されてしまいます。(仮称)多賀城インターチェンジの早期整備が実現されれば、仙台圏はもとより全国の道路ネットワークに接続され、人・物の流れが活発になり、史跡を活用した観光振興、既存企業の利便性、企業誘致、農業などの産業振興に大きな役割を果たすものと考えられます。このことから早期の整備が待たれるところであります。

それでお伺いいたします。

(1)総決起大会後の現況についてお伺いいたします。

(2)文化財発掘調査についての現況はどう推移しているのか、お伺いいたします。

どうぞよろしくお願いいたします。

○議長(石橋源一)

市長の答弁を求めます。市長。

(市長 菊地健次郎登壇)

○市長(菊地健次郎)

板橋議員の御質問にお答えいたします。

仙石線多賀城地区連続立体交差事業の高架化の現在の進捗状況につきましては、上り線が平成21年11月29日始発から高架に切りかわり、ことし2月14日に上り線のエスカレーターを供用開始しております。進捗率につきましては、平成21年度末、事業費ベースで約61%の予定となっております。また、今後のスケジュールにつきましては、平成23年の冬に下り線が開通するものの、その後駅舎等の整備に1年ないし2年を要するとのことから、現在宮城県が事業認可の変更に向けて準備を進めております。

高架下の利用については、都市における道路と鉄道との連続立体交差化に関する協定第10条及び同細目協定第15条に定められており、宮城県と多賀城市は高架下利用可能面積の15%相当部分を公租公課相当額で利用することができますことから、本市では利便性の向上、安全性の確保及び情報提供に資する施設を検討しております。なお、全体の高架下利用については、現在、多賀城市、宮城県及び東日本旅客鉄道株式会社の3者で協議を行っているところでございます。

2点目の多賀城駅周辺土地区画整理事業の進捗状況につきましては、平成13年度に工事に着手し、これまでに幹線道路及び区画道路の築造、宅地の整地工事等を行ってまいりました。進捗率につきましては、平成21年度末事業費ベースで約82%の予定となっております。また、仮換地指定につきましては、JR用地、私有地の一部を除いて完了しております。なお、事業区域内で市が所有している宅地につきましては、換地処分後に売却していく予定でございます。

多賀城駅北地区第1種市街地再開発事業の進捗につきましては、現在平成20年度の繰越事業である事業計画作成を行っております。進捗率につきましては、平成21年度末事業費ベースで約2%の予定となっております。多賀城駅北口駅前広場の西側のA棟については平成25年度竣工、東側のB棟については平成26年度竣工を目指しております。今後の見通しにつきましては、先ほど板橋議員がお話しのとおり、平成22年度以降、特定業務代行者の決定、施工認可、実施設計、権利変換計画認可、工事着工という段取りとなります。

次に、(仮称)多賀城インターチェンジの早期整備に関しての御質問で、総決起大会後の現況についてでありますが、昨年12月18日に市民会館で開催された三陸縦貫自動車道仙塩道路の(仮称)多賀城インターチェンジ及び4車線化早期整備促進総決起大会では、この事業を待ち望む地元の声を確かに受けとめさせていただきました。当日はあいにく雪がちらつく天候にもかかわらず、実に 750名以上もの方々にお越しをいただき、主催した促進協議会や賛同していただいた各種団体の方々、そして、その活動を支えていただいた議員各位に対し、改めて敬意と感謝を申し上げたいと思います。

さて、総決起大会では、満場一致で早期整備を求める決議が採択されたことを受け、その決議文とともに私と議長の連名による要望書を早速国土交通大臣などの関係者にお届けをいたしました。

御承知のとおり、昨年夏の政権交代後、国に対する要望の仕方も大きく変わり、道路事業の新規着手は原則見送りとの方針も示されておりますが、来る3月27日に仙台北部道路が開通し、仙台都市圏環状ネットワークが構築されることになれば、本市の発展に欠かせない要素でもございますので、新しいルールにのっとり、インターチェンジの実現に向けたさらなる要望活動に取り組んでまいりたいと考えております。

次に、文化財発掘調査についての現況はどう推移しているのかとの御質問ですが、平成6年6月までの調査面積の60%ほどを完了しております。しかし、その後の周辺調査の結果を見ますと、さらに2層目、3層目の調査も必要になることが予想されますし、インターチェンジの構造が盛土方式か橋梁方式かでも発掘の範囲や要する日数も影響してまいります。昨年6月に国土交通省の担当者に要望した際にも言われておりますが、発掘経費と調査日数の多さが事業の妨げになっていることから、宮城県の全面的な協力を得て、事前の確認調査をする用意があることも国にお伝えしております。なお、新年度予算では 600万円ほどを発掘調査経費として計上しておりますが、市の単独事業としても取り組んでいくという本市の熱意と姿勢を改めて国に示し、一日も早い事業着手の実現に向け、発掘調査の面でも環境を整えてまいりたいと考えております。以上でございます。

○議長(石橋源一)

9番板橋惠一議員。

○9番(板橋惠一議員)

1問目ですが、高架事業、これはやはり空頭地区をほかから入れないように、よく市長が「へそがない」と、中心市街地のへそがないと言われておりますが、そうならないように、やはり多賀城市でそこを全面お借りするような交渉をJRと県にしていただきたい。その方がいろいろな形で、NPOとか、タップとか、商工会とか、お話しすれば有効に活用することができてくるのではないかと。

それと、パーク・アンド・ライドで、やはり自家用車の駐車スペースもある程度確保していけば活気が出てくるような気がしますので、その辺を今後どのようにお考えになっていくのか。

土地区画整理事業のこういう公共用地なんですが、今現在全体的に8万 1,000平方メートル、鉄道用地、あとは道路用地等とられると、宅地として利用できるのが約4万 9,300平方メートルぐらいです。今現在、この4万 9,300平方メートル、どのぐらい売却されてきているのか。やはり市の一般財源を求めるには、この休んでいる土地を早目に売却し、その後の収益を求めていけば、大分違うんじゃないかと。私は、民間ですからそういうことをイの一番に考えます。市長も仕事が不動産業もやっておりましたので、その辺は一番シビアに感じているのではないかと思いますので、その辺もあわせてお聞きいたします。

それと、駅北地区の再開発事業。全体の2%。これ、本当に実現にこぎつけることできるんですか、正直。社長さんはかわっていないですよね。当初の計画より多少おくれていると。そうすると平成25年、26年の竣工になると、連続立体交差事業がもう既に終わって、当初の計画では同じぐらいにでき上がるように計画されたんじゃないんですか。それと、おくれるのはやむを得ないとしても、A棟、B棟の利活用をどのように今計画されているんですか。その辺をお伺いいたします。

次、多賀城インターチェンジの件に入りますが、政権がかわったのはわかります。

ただ、あれだけの方々が総決起大会に参集していただいたんですから、村井知事もお見えになって、石山啓貴衆議院議員もお見えになり、国交省のOBである市川一朗参議院議員もお見えになって、みんなと一緒に気勢を上げていただいた。その身近な方々からでも、もう一度 ── もう一度じゃない、何回もトライしていただいて、一日でも早く実現するべく、それと発掘がおくれているんでしたならば、市長は今、全国史跡整備市町村協議会の会長をなさっております。先月の16日は、玉井日出夫文化庁長官が多賀城跡を視察にお見えになっておられます。それだけの文化庁のトップの方を市長がお呼びになっておるんですから、発掘調査の方の許認可、そんなに難しいことではないんじゃないかと思いますので、現に会長をなされている間にやはりこれも早期に発掘が終わるように御尽力していただきたいのですが。以上、お聞きいたします。

○議長(石橋源一)

市長の答弁を求めます。市長。

○市長(菊地健次郎)

再質問にお答え申し上げます。

高架事業の関係でございますけれども、活用については先ほども申し上げましたように、市と県とJRの三者で協議していきたいということでございますから、これからどういう活用の仕方があるのか、いろいろな方々の御意見も聞きながら煮詰めていきたいというふうに思います。

ただ、パーク・アンド・ライドという話がございましたけれども、そこまでのスペースが果たしてとれるどうかですね、ちょっと難しいかなと。駐輪場があそこの中にほとんど入ってくる可能性がありますし、そのほかに駅前交番的なところも必要でしょうし、さまざまなものを入れる可能性も出てきますので、その辺用意周到にやっていかないと ── 用意周到にといってもそんなに時間もあるわけではございませんから、できるだけ早目に三者で集まって煮詰めていきたいというふうに思います。

区画整理につきましては、建設部長から答弁させますし、再開発事業に関しましても市長公室長から答弁させます。

インターチェンジの方でございますけれども、私も今月また国会の方と今連絡をとっておりますので、国会の方に行ってこの件に関しても陳情できる機会があれば、また再度、今回だけではなくて重ねて何回もお願いに上がりたいというふうに思います。

ただ、全国史跡整備市町村協議会の会長あるいは玉井長官が来られたとかということはですね、これ、道路の事業が認可を受けないと発掘調査はできないということがございまして、幾らこちらの気持ちが焦ってもその辺のことが認可いただけないとだめだということ。それから、土盛りなのか、あるいはピアーを建てておりるのかというふうなこともですね、これもしかりでございます。そんなことでございますから御了解いただきたいと思います。私からは以上です。

○議長(石橋源一)

建設部長。

○建設部長(兼)下水道部長(佐藤正雄)

区画整理地域内の市の所有地関係でございますけれども、実際にあそこに多賀城市が持っている面積が仮換地指定部分で1万 7,737平米、うち処分可能面積1万 2,134平米ございます。この差につきましては、再開発事業の予定区域だとか、それから地権者の方々の付換地というものを除いたものでございます。それから、このうち 453平米につきましては、街路事業の代替地ということで処分してございます。それ以外の面積については、処分可能ということでございますけれども、市長もお話ししましたとおり、換地処分後に売却したいと、このように考えているという状況でございます。

○議長(石橋源一)

市長公室長。

○市長公室長(伊藤敏明)

それでは、私の方から再開発事業の関係につきまして、回答をさせていただきたいと思います。

駅北再開発の会社の関係でございますけれども、先ほど代表者もかわっていないということでございます。取締役も全員そのままで推移してございます。その中でもですね、さきの補正予算の際にも一部触れさせていただきましたけれども、その保留床の取得者であるとか、それからテナントの方であるとか、ある程度めどが立った時点でその施工認可を取得してですね、それから実施設計、権利変換計画認可、工事着手というような段取りでもって進めたいということで、現在はその取締役会の中でも慎重に検討していくといったような現在の取り組み内容でございますので、御了解願いたいと存じます。

○議長(石橋源一)

よろしいですか。はい、9番板橋惠一議員。

○9番(板橋惠一議員)

換地処分というのは、いつごろになるんでしょうか。

それと、先ほど市長、多賀城インターチェンジの早期整備の最初の御答弁のとき、新しいルールとはというような、ルールとかルートはというのをちょっと聞いたんですが、それは新しいルールというのはどういうふうなルールなのか、それをお聞きいたします。

ただ、後は、市街地の駅北の再開発事業については、やはりまだまだスタートラインについたばかりですから、もっと早くエンジンをギアチェンジしていただいて、早目に進んでいただかないと、そこの予定されているA棟、B棟のところが広場を挟んで空洞になってしまいますので、その辺今後十二分に再開発株式会社の会議のときには、声を大にして実現するべくお話をしていただきたいと思います。

以上、よろしくお願いします。

○議長(石橋源一)

答弁を求めますか。(「はい」の声あり)それでは、市長。

○市長(菊地健次郎)

では、私の方からは新しいルールにのっとりということだけですね。ほかは建設部長と市長公室長から答弁させます。

これは陳情の仕方が変わりましたね。直接官庁には持っていけないということで、それなりの宮城県の民主党の方々を通じながらいくという形にのっとりということでございます。私からは以上です。

○議長(石橋源一)

建設部長。

○建設部長(兼)下水道部長(佐藤正雄)

区画整理の換地処分の時期でございますけれども、現在、連続立体交差事業が平成23年に上り線があがるということで平成23年度から24年度に入ります。その後、一、二年ということで県から受けておりますけれども、連続立体交差事業がもしかすると平成24年から26年の間に竣工するという部分で、これにあわせて区画整理事業をとり行う関係から、区画整理事業の事業認可も平成26年から27年に延期せざるを得ないだろうというぐあいに考えておりまして、確たる換地処分の時期は現在のところ明確ではございませんけれども、恐らく平成26年度から27年度というぐあいに考えております。

○議長(石橋源一)

市長公室長。

○市長公室長(伊藤敏明)

先ほど建設部長が申しましたように、連続立体交差に再開発事業も大きく影響されるところでございます。御存じのように現在連続立体交差事業の工事用地として再開発の用地が使用されておりますことから、その連続立体交差事業の工事用地が撤収した後の着工とせざるを得ません。なるべく連続立体交差事業並びに区画整理事業と歩調を合わせるような形で再開発事業も進めてまいりたいとは思いますけれども、このような時世でございますので、慎重にその辺は取り組んでまいりたいというふうに考えてございます。


○議長(石橋源一)

お諮りいたします。

本日の会議は、この程度にとどめ、延会いたしたいと思います。

これに御異議ありませんか。

(「異議なし」と呼ぶ者あり)

○議長(石橋源一)

御異議なしと認めます。

よって、本日はこれにて延会することに決しました。

あすは、午前10時から本会議を開きます。

本日はこれにて延会いたします。

御苦労さまでした。

午後3時18分 延会


以上、地方自治法第123条第2項の規定によりここに署名する。

平成22年3月2日

議長 石橋 源一

署名議員 昌浦 泰已

同 阿部 五一

お問い合わせ

議会事務局  

 〒985-8531 宮城県多賀城市中央二丁目1番1号

電話番号:022-368-1141(内線:311)

ファクス:022-368-1397

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