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更新日:2015年3月16日

貞山運河

 貞山運河とは、阿武隈川から塩釜湾までの海岸線沿いに延びる日本一長い運河です。その北の東名運河、北上運河を含めると総延長46.4kmに及びます。 
 名称については、発案者である伊達政宗の偉業を讃えるため、政宗の法名「貞山」にちなんで明治時代に「貞山堀」と命名され、その後、現在の「貞山運河」になりました。
多賀城市域を通る蒲生―塩釜湾間の運河は「御舟入堀」「舟入堀」と呼ばれ、万治年間(1658~1660)までに塩釜湾―大代間、次いで寛文10~13年(1670~1673)に大代―蒲生間と順を追って造られました。
この御舟入堀の完成により、仙台藩領北部から仙台城下へは、陸送することなく物資が運ばれるようになりました。この結果、物資が塩釜を素通りして輸送され、塩釜の町の衰退を招いたことから、貞享2年(1685)、仙台藩は「藩米以外の荷物や魚介類、材木を積んだ船はすべて塩釜港に着岸すること」という特令を出して塩釜の町を保護したため、以後、御舟入堀は明治になるまで米中心の輸送路として機能しました。
 明治になって、野蒜築港事業が始められると、物資の輸送路として貞山運河の全面的な改修が行われます。その後、輸送手段が鉄道などに変わっても、穀類・木材・魚類・石類・肥料・雑貨物などの輸送に利用され、今日でも釣り船や漁船の航路として利用されています。

貞山運河の写真

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