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更新日:2015年3月16日

おもわくの橋

 ふままうき もみぢのにしき ちりしきて 人もかよわぬ おもはくのはし
西行(山家集)

 野田の玉川にかかる橋で、安倍貞任が見染めた女性のところに通うため渡った橋なのでこの名があるといわれています。また、安倍宗任が虜となって都へ送られたとき、その妻がこの地まで追ってきたが及ばず、橋の上で涙を流した場所であったともいわれています。
西行の歌にちなみ、江戸時代、仙台藩によって整備された経緯が『奥羽観光蹟聞老志』に記されています。

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